・・・それにあの執念な追窮しざまはどうだ。死骸の引取り、会葬者の数にも干渉する。秘密、秘密、何もかも一切秘密に押込めて、死体の解剖すら大学ではさせぬ。できることならさぞ十二人の霊魂も殺してしまいたかったであろう。否、幸徳らの躰を殺して無政府主義を・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・唯おりおり寂寞を追求して止まない一種の慾情を禁じ得ないのだというより外はない。 この目的のためには市中において放水路の無人境ほど適当した処はない。絶間なき秩父おろしに草も木も一方に傾き倒れている戸田橋の両岸の如きは、放水路の風景の中その・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・とやはり下女を追窮している。「ねえ」「じゃ阿蘇の御宮まではどのくらいあるかい」「御宮までは三里でござりまっす」「山の上までは」「御宮から二里でござりますたい」「山の上はえらいだろうね」と碌さんが突然飛び出してくる。・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・我輩は満天下の人を相手にしても一片の禿筆以て之を追求して仮す所なかる可し。左れば此旧女大学の評論、新女大学の新論は、字々皆日本婦人の為めにするものにして、之を百千年来の蟄状鬱憂に救い、彼等をして自尊自重以て社会の平等線に立たしめんとするの微・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 基本的な社会関係までを自分の問題としてとりあげる迫力がなく、しかも常に朗らかでばかりあり得ない気分の上でだけ新らしさを追求する結果、すでに映画制作者が巧みにも把えている古いものの新らしげな扮飾が、恋愛の技巧の上で横行する。互にまともな・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・作家石川達三は、文学者の戦争協力についての責任が追及されたとき、日本がもしふたたびあやまちを犯すことがあれば、自分もまたあやまちを犯すだろうと公言した作家であった。石川達三という人のこころのなかで、そのことばとこのことばとのあいだには、どう・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・ 五 人民的なオーケストラ 何故こんなにしつこく社会と文化の今日のありようについて、わたしたちは追求せずにいられないのでしょう。わたしたちの心にあるこの抗議と抵抗の動機は、人間らしい、美しい、瑞々しい人生をもち・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・この根本的な疑問を、それぞれの作家が、どんな歴史の見かたで、どんな歴史のなかで、どんな階級の人として、どんな方法で追究し、芸術化して行ったかが、作品形成の一つの過程である。 きょう作品を読む人々は、自分が現代の日本の現実の中に働いて生き・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・は、弟の死という事実に面して、その悲しみをどこまでも客観的に追究し、記録しておこうとする熱意によってかかれた短篇である。今日、よみかえしてみて興味のある点は、この短篇が、死という自然現象を克明に追跡しながら、弟をめぐる人間関係が、同じ比重で・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・二十一歳になった作者が、めずらしく病的で陰惨な一人の男である主人公の一生を追究している。描写のほとんどない、ひた押しの書きぶりにも特徴がある。 ニューヨークのようなところに生活しているとき、若い作者がなぜその人として珍しいほど暗い題材を・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
出典:青空文庫