・・・この日も鷹見は、帰路にぜひ寄れと勧めますから、上田とともに三人連れ立って行って、夫人のお手料理としては少し上等すぎる馳走になって、酒も飲んで「あの時分」が始まりましたが、鷹見はもとの快活な調子で、「時に樋口という男はどうしたろう」と話が・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・も一つはたとい多少の無理を含んでいても、進化してきた人間の理想として、男女の結合の精神的、霊的指標として打ち立て、築き守って、行くべきものであるということである。 生命の法則についての英知があって、かつ現代の新生活の現実と機微とを知って・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・悲劇になる、痛切な、身を以て苦るしんだ、そのことを喜劇として表現し、諷刺文学として表現して、始めて、価値がある。殊に、モリエールの晩年の「タルチーフ」や、「厭人家」などは、喜劇と云っていゝか、悲劇と云っていゝか分らないものだ。それだけに、打・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・何様も十分調べて置いてシツッコク文字論をするので講者は大に窘められたのでしたが、余り窘められたのでやがて昂然として難者に対って、「僕は読書ただ其の大略を領すれば足りるので、句読訓詁の事などはどうでもよいと思って居る」など互に鎬を削ったもので・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・しかも、わたくしは、ほんとうにこの死刑に処せられんとしているのである。 平生わたくしを愛してくれた人びと、わたくしに親しくしてくれた人びとは、かくあるべしと聞いたときに、どんなにその真疑をうたがい、まどったであろう。そして、その真実なる・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・私は何べんも頭をさげて、親としての監督の不行届を平あやまりにあやまって連れてきました。二度目かに娘は「お前はまだレポーターか」って、ケイサツでひやかされて口惜しかったといっていました。私はそんなことを口惜しがる必要はない。早く出て来てくれて・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・ 私たち親子のものは、遠からず今の住居を見捨てようとしている時であった。こんなにみんな大きくなって、めいめい一部屋ずつを要求するほど一人前に近い心持ちを抱くようになってみると、何かにつけて今の住居は狭苦しかった。私は二階の二部屋を次郎と・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・その結果として、理論の上では、ああかこうかと纏まりのつくようなことも言い得る。また過去の私が経歴と言っても、十一二歳のころからすでに父母の手を離れて、専門教育に入るまでの間、すべてみずから世波と闘わざるを得ない境遇にいて、それから学窓の三四・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・それだからその圧を加えられて、ぽうっとしてよろめきながら歩いているのである。そんな風であるから、どうして外の人の事に気を留める隙があろう。自分と一しょに歩いているものが誰だということをも考えないのである。連とはいいながら、どの人をも今まで見・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・、舜は下流社會の人、孝によりて遂に帝位を讓られしが、その事蹟たるや、制度、政治、巡狩、祭祀等、苟も人君が治民に關して成すべき一切の事業は殆どすべて舜の事蹟に附加せられ、且人道中最大なる孝道は、舜の特性として傳へらるゝを見る。即ち知る、舜の事・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
出典:青空文庫