・・・猟夫といっても、南部の猪や、信州の熊に対するような、本職の、またぎ、おやじの雄ではない。のらくらものの隙稼ぎに鑑札だけは受けているのが、いよいよ獲ものに困ずると、極めて内証に、森の白鷺を盗み撃する。人目を憚るのだから、忍びに忍んで潜入するの・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ のらくらしていては女にまで軽蔑される。恋も金も働きものでなくては得られない。一家にしても、その家に一人の不精ものがあれば、そのためにほとんど家庭の平和を破るのである。そのかわりに、一家手ぞろいで働くという時などには随分はげしき労働も見・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 飯を独りすませてから、独りで帰って行くのらくらおやじの姿がはしご段から消えると、僕の目に入れ代って映じて来るまぼろしは、吉弥のいわゆる「あの人」であった。ひょッとしたら、これがすなわち区役所の役人で、吉弥の帰京を待っている者――たびた・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ クロポトキンは、「何事をおいてもの快楽の情欲しか持たないところの、のらくら息子でないかぎりは、真理のために起つであろう」と、言っている。 青年時代は、最も、真理を検別するに、敏感であるばかりでなく、また真理の前に正直であるからであ・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・そして清三の朝飯の給仕をすますと、二階の部屋に引っこもって、のらくら雑誌を見たり、何か書いたりした。が、大抵はぐてぐて寝ていた。そして五時頃、会社が引ける時分になると、急に起きて、髪を直し、顔や耳を石鹸で洗いたてて化粧をした。それから、たす・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・一体、のらくら者と云うものは、家の者からこそ嫌がられますけれども、他処の人々は、誰にでも大抵気に入られると云う得を持っています。彼等を繋いで置く職務等と云うものがないので、彼等は、皆のものになります。丁度、どの町にも、人々が皆行って休息出来・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・僕も父親の遺産のおかげで、こうしてただのらくらと一日一日を送っていて、べつにつとめをするという気も起らず、青扇の働けたらねえという述懐も、僕には判らぬこともないのであるが、けれど青扇がほんとうにいま一文も収入のあてがなくて暮しているのだとす・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・彼は偉大なのらくら者、悒鬱な野心家、華美な薄倖児である。彼を絶えず照した怠惰の青い太陽は、天が彼に賦与した才能の半ばを蒸発させ、蚕食した。巴里、若しくは日本高円寺の恐るべき生活の中に往々見出し得るこの種の『半偉人』の中でも、サミュエルは特に・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ この村で、のらくらして居れば、きっとそうなるにきまっているわ。それだけの事なのよ。あたしのせいだなんて、ひどいわ。あたしがあなたを忘れていたように、あなただって、あたしを忘れていたのよ。そうしてこんどあたしが帰って来たという事を聞いて、急・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ すべて、のらくら者の言い抜けである。私は、実際、恥かしい。苦しさも、へったくれもない。なぜ、書かないのか。実は、少しからだの工合いおかしいのでして、などと、せっぱつまって、伏目がちに、あわれっぽく告白したりなどするのだが、一日にバット・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
出典:青空文庫