・・・しかし今度襲われる地方がどの地方でそれが何月何日ごろに当たるであろうということを的確に予知することは今の地震学では到底不可能であるので、そのおかげで台湾島民は烈震が来れば必ずつぶれて、つぶれれば圧死する確率のきわめて大きいような泥土の家に安・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
近ごろある地方の小学校の先生たちが児童赤化の目的で日本固有のおとぎ話にいろいろ珍しいオリジナルな解釈を付加して教授したということが新聞紙上で報ぜられた。詳細な事実は確かでないが、なんでもさるかに合戦の話に出て来るさるが資本・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・それで、ただ一概に断片的な通俗科学はいかなる場合でも排斥すべきものであるかのような感を読者にいだかせるような所説に対しては、少なくも若干の付加修正を必要とするであろうと思われた。この機会についでながら付記しておく次第である。 ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・いろいろの花が咲いたりいろいろの虫の卵が孵化する。気候学者はこういう現象の起こった時日を歳々に記録している。そのような記録は農業その他に参考になる。 たとえばある庭のある桜の開花する日を調べてみると、もちろん特別な年もあるが大概はある四・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・もしもその町内の親爺株の人の例えば三割でもが、そんな精密な地震予知の不可能だという現在の事実を確実に知っていたなら、そのような流言の卵は孵化らないで腐ってしまうだろう。これに反して、もしそういう流言が、有効に伝播したとしたら、どうだろう。そ・・・ 寺田寅彦 「流言蜚語」
・・・ところが不可ないことには私にその勇気がなかったので、もう二つの桶をあっちの石垣やこっちの塀かどにぶっつけながら逃げるので、うしろからは益々手をたたいてわらう声がきこえてくる……。 そんな風だから、学校へいってもひとりでこっそりと運動場の・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・これほど労力を節減できる時代に生れてもその忝けなさが頭に応えなかったり、これほど娯楽の種類や範囲が拡大されても全くそのありがたみが分らなかったりする以上は苦痛の上に非常という字を附加しても好いかも知れません。これが開化の産んだ一大パラドック・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・「その上若い女に祟ると御負けを附加したんだ。さあ婆さん驚くまい事か、僕のうちに若い女があるとすれば近い内貰うはずの宇野の娘に相違ないと自分で見解を下して独りで心配しているのさ」「だって、まだ君の所へは来んのだろう」「来んうちから・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・所が虚子がそれを読んで、これは不可ませんと云う。訳を聞いて見ると段々ある。今は丸で忘れて仕舞ったが、兎に角尤もだと思って書き直した。 今度は虚子が大いに賞めてそれを『ホトトギス』に載せたが、実はそれ一回きりのつもりだったのだ。ところが虚・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・私が一人で沢山ある人間を代表していると、それは不可ん君は猫だと意地悪くいうものがあるかも知れぬ。もし貴方がたがこういったら、そうしたら、いや猫じゃない、私はヒューマン・レースを代表しているのであると、こう断言するつもりである。異存はないでし・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
出典:青空文庫