・・・ころを見失った文学の懐古的態度として現れたのであったが、時代の急激なテムポは、微温的な懐古調を、昨今は、花見る人の長刀的こわもてのものにし、古典文学で今日の文学を黙せしめようとするが如き不自然な性格を付加して来ているのである。 ・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・この徳永の解説にわれわれは少しばかりの、然し意味ある数行を附加しよう。レーニン主義・プロレタリア文学として今日に役立つ歴史小説として明治維新を書くための取材は広汎な範囲に可能であり、決して直接農民一揆をだけ取扱うことが、革命の前夜における日・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・ 努力の作品 石川達三氏の「日蔭の村」 府下西多摩郡の小河内村が東京市の貯水池となることに決定してから、今日工事に着手されるまで六ヵ年の間に、小河内村の村民の蒙った経済的・精神的な損害の甚・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ その時横田申候は、たとい主命なりとも、香木は無用の翫物に有之、過分の大金を擲ち候事は不可然、所詮本木を伊達家に譲り、末木を買求めたき由申候。某申候は、某は左様には存じ申さず、主君の申つけられ候は、珍らしき品を買い求め参れとの事なるに、・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・奥蔵を建て増し、地所を買い添えて、山城河岸を代表する富家にしたのはこの伊兵衛である。 伊兵衛は七十歳近くなって、竜池に店を譲って隠居し、山城河岸の家の奥二階に住んでいた。隠居した後も、道を行きつつ古草鞋を拾って帰り、水に洗い日に曝して自・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・と高田は附加して云った。「しかし、憲兵に来られちゃね。」「さァ、しかし、そこは句会ですから、何とかうまくやるでしょう。」 途中の間も、梶と高田は栖方が狂人か否かの疑問については、どちらからも触れなかった。それにしても、栖方を狂人・・・ 横光利一 「微笑」
・・・遽しい将官たちの往き来とソビエットに挟まれた夕闇の底に横たわりながら、ここにも不可解な新時代はもう来ているのかしれぬと梶は思った。「それより、君の光線の色はどんな色です。」と梶は話を反らせて訊ねた。「僕の光線は昼間は見えないけども、・・・ 横光利一 「微笑」
・・・愛において絶対の融合を欲しながら、それを不可能にする種々な心の影に対してあまりに眼の届き過ぎる人である。そのため先生の平生にはなるべく感動を超越しようとする努力があった。先生は相手の心の純不純をかなり鋭く直覚する。そうして相手の心を細かい隅・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
・・・等の考え方についても、一言付加しておく必要を感ずる。岸田君が内なる美の直接に現わされたものを装飾とし、自然に触発せられて現わされたものを写実とする見方は、きわめて興味の深いものである。ことに写実の「実」について、自然の「事実」と「真実」とを・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
・・・ 吾人はさらに進んで一言付加したい事がある。日本の武士道は種々なる徳の形を取れどその根本は真義愛荘に啓示を得て物質を超越し霊的人生に執着するにある。勇気、仁恵、礼譲、真誠、忠義、克己、これすべてこの執着の現象である。ただ末世に至って真の・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫