・・・ キュリー夫人などが居るではないかという抗議に対しては、「そういう立派な除外例はまだ外にもあろうが、それかといって性的に自ずから定まっている標準は動かされない。」 モスコフスキーは四十年前の婦人と今の婦人との著しい相違を考えると・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・この若く美しい夫人がスクリーンで見る某映画女優と区別の出来ないほどに実によく似ていた。 橋を渡る頃はまた雨になって河風に傘を取られそうであった。大きな丸太を針金で縛り合せた仮橋が生ま生ましく新しいのを見ると、前の橋が出水に流されてそのあ・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ わたくしは西洋種の草花の流行に関して、それは自然主義文学の勃興、ついで婦人雑誌の流行、女優の輩出などと、ほぼ年代を同じくしていたように考えている。入谷の朝顔と団子坂の菊人形の衰微は硯友社文学とこれまたその運命を同じくしている。向島の百・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 英国人サー・アーノルドの漫遊記、また英国公使フレザー夫人の著書の如きは、共に明治廿二、三年のころの日本の面影を窺わしめる。 わたくしはラフカヂオ・ハーンが『怪談』の中に、赤坂紀の国坂の暗夜のさま、また市ヶ谷瘤寺の墓場に藪蚊の多かっ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・カーライルは書物の上でこそ自分独りわかったような事をいうが、家をきめるには細君の助けに依らなくては駄目と覚悟をしたものと見えて、夫人の上京するまで手を束ねて待っていた。四五日すると夫人が来る。そこで今度は二人してまた東西南北を馳け廻った揚句・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・見る、余ここにおいてか少々尻こそばゆき状態に陥るのやむをえざるに至れり、さりながら妙齢なる美人より申し込まれたるこの果し状を真平御免蒙ると握りつぶす訳には行かない、いやしくも文明の教育を受けたる紳士が婦人に対する尊敬を失しては生涯の不面目だ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ ビール箱の蓋の蔭には、二十二三位の若い婦人が、全身を全裸のまま仰向きに横たわっていた。彼女は腐った一枚の畳の上にいた。そして吐息は彼女の肩から各々が最後の一滴であるように、搾り出されるのであった。 彼女の肩の辺から、枕の方へかけて・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・其以下婦人の悪徳を並べ立てたる箇条は読んで字の如く悪徳ならざるはなし。心騒しく眼恐しく云々、如何にも上流の人間にあるまじき事にして、必ずしも女の道に違うのみならず、男の道にも背くものなり。心気粗暴、眼光恐ろしく、動もすれば人に向て怒を発し、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・滔々たる古今の濁水社会には、芸妓もあれば妾奉公する者もあり、又は妾より成揚り芸妓より出世して立派に一家の夫人たる者もあり、都て是等は人間以外の醜物にして、固より淑女貴婦人の共に伍を為す可き者に非ず、賤しみても尚お余りある者なれども、其これを・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・スウルヂェエにしろ、ジネストにしろ、いずれも誰にも知られない平民的な苗字で目下自分の交際している貴夫人何々の名に比べてみれば、すこぶる殺風景である。しかしこの平民的な苗字が自分の中心を聳動して、過ぎ去った初恋の甘い記念を喚び起すことは争われ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫