・・・ 友人は、ありがたいものである。一巻の創作集の中から、作者の意図を、あやまたず摘出してくれる。山岸君も、亀井君も、お座なりを言うような軽薄な人物では無い。この二人に、わかってもらったら、もうそれでよい。 自作を語るなんてこと・・・ 太宰治 「自作を語る」
・・・の研究によっても得られる。連句における天然と人事との複雑に入り乱れたシーンからシーンへの推移の間に、われわれはそれらのシーンの底に流れるある力強い運動を感じる。たとえば「猿蓑」の一巻をとって読んでみても鳶の羽も刷いぬはつしぐれ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・実際連句一巻の形式はソナタのごとき音楽形式とかなりまで類似した諸点をもつのである。連句が全体を通じて物語的な筋をもたないから連句は低級なものであると考えるのは、表題音楽が高級で、ソナタ、シンフォニーが低級であるというのと同様である。連句は音・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・しかし幸か不幸か債権者の大部分はもうどこにいるか分らない。一巻の絵巻物が出て来たのを繙いて見て行く。始めの方はもうぼろぼろに朽ちているが、それでもところどころに比較的鮮明な部分はある。生れて間もない私が竜門の鯉を染め出した縮緬の初着につつま・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ただしそれは第一巻であった。そうして巻末に明治四十三年五月発行と書いてあるので、余は始めてこの書に対する出版順序に関しての余の誤解を覚った。 先生はわが邦歴史のうちで、葡萄牙人が十六世紀に始めて日本を発見して以来織田、豊臣、徳川三氏を経・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・ 手記の集められたこの一巻を読むとき、わたしたちは、手記そのものから、現代の人類的な課題をじかによみとることは出来にくいかもしれない。けれども、十七篇の一つ一つは、よしんばそれが断片的であろうとも、そのうちには本質的な問題がふくまれてい・・・ 宮本百合子 「『この果てに君ある如く』の選後に」
・・・文芸思潮史としてこの一巻をまとめることを念願したとあとがきに書かれているが、批評及び文芸思潮史の方法として、ここに示されている数歩は、日々があわただしくて人々の視線も上ずっているような今日の世相のなかで、決して瞠目的な形ではあり得まいが、し・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・ベランジェの小さい一巻とハイネの詩集ぐらいが彼の全財産である。 彼の周囲の人々はすべて、卑劣な奴も、智慧のある奴も狡い奴も、ゴーリキイに、彼等と一緒に住むことは出来ないと思わせるような人々ばかりであった。「何とか他に生きようはないものだ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫