・・・ 伝右衛門は、座につくと、太い眉毛を動かしながら、日にやけた頬の筋肉を、今にも笑い出しそうに動かして、万遍なく一座を見廻した。これにつれて、書物を読んでいたのも、筆を動かしていたのも、皆それぞれ挨拶をする。内蔵助もやはり、慇懃に会釈をし・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・彼の顔は見渡した所、一座の誰よりも日に焼けている。目鼻立ちも甚だ都会じみていない。その上五分刈りに刈りこんだ頭は、ほとんど岩石のように丈夫そうである。彼は昔ある対校試合に、左の臂を挫きながら、五人までも敵を投げた事があった。――そういう往年・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・彼がそこに出て行くと、見る見るそこの一座の態度が変わって、いやな不自然さがみなぎってしまった。小作人たちはあわてて立ち上がるなり、草鞋のままの足を炉ばたから抜いて土間に下り立つと、うやうやしく彼に向かって腰を曲げた。「若い且那、今度はま・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 突然仁右衛門がそういって一座を見廻した。彼れはその珍らしい無邪気な微笑をほほえんでいた。一同は彼れのにこやかな顔を見ると、吸い寄せられるようになって、いう事をきかないではいられなかった。蓆が持ち出された。四人は車座になった。一人は気軽・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ これは、さもありそうな事で、一座の立女形たるべき娘さえ、十五十六ではない、二十を三つ四つも越しているのに。――円髷は四十近で、笛吹きのごときは五十にとどく、というのが、手を揃え、足を挙げ、腰を振って、大道で踊ったのであるから。――もっ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・京千代さんの、鴾さんと、一座で、お前さんおいでなすった……」「ああ、そう……」 夢のように思出した。つれだったという……京千代のお京さんは、もとその小浜屋に芸妓の娘分が三人あった、一番の年若で。もうその時分は、鴾の細君であった。鴾氏・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 一九 返事を促しておいた劇場の友人から、一座のおもな一人には話しておいた、その他のことは僕の帰京後にしようと、ようやく言ってよこした。これを吉弥に報告すると、かの女はきまりが悪いと言う。なぜかとよくよく聴いて見ると・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 井侯が陛下の行幸を鳥居坂の私邸に仰いで団十郎一座の劇を御覧に供したのは劇を賤視する従来の陋見を破って千万言の論文よりも芸術の位置を高める数倍の効果があった。井侯の薨去当時、井侯の逸聞が伝えられるに方って、文壇の或る新人は井侯が団十郎を・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・力ない病人の呼吸は一息ごとに弱って行って、顔は刻々に死相を現わし来たるのを、一同涙の目に見つめたまま、誰一人口を利く者もない。一座は化石したようにしんとしてしまって、鼻を去む音と、雇い婆が忍びやかに題目を称える声ばかり。 やがてかすかに・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・平常は冗談口を喋らせると、話術の巧さや、当意即妙の名言や、駄洒落の巧さで、一座をさらって、聴き手に舌を巻かせてしまう映画俳優で、いざカメラの前に立つと、一言も満足に喋れないのが、いるが、ちょうどこれと同様である。しかし、平常は無口でも、いざ・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫