・・・多く夏の釣でありますから、泡盛だとか、柳蔭などというものが喜ばれたもので、置水屋ほど大きいものではありませんが上下箱というのに茶器酒器、食器も具えられ、ちょっとした下物、そんなものも仕込まれてあるような訳です。万事がそういう調子なのですから・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・そのそばの壁には、こしらえたばかりの立派な服が、上下そろえて釘にかけてありました。 ウイリイは、さっそく、その服を着て見ました。そうすると、まるで、じぶんの寸法を取ってこしらえたように、きっちり合いました。それから、馬に乗って、あぶみへ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・でも、あたしの取柄は、アンマ上下、それだけじゃないんですよ。それだけじゃ、心細いわねえ。もっと、いいとこもあるんです」 素直に思っていることを、そのまま言ってみたら、それは私の耳にも、とっても爽やかに響いて、この二、三年、私が、こんなに・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・その地球の周囲、九万里にして、上下四旁、皆、人ありて居れり。凡、その地をわかちて、五大州となす。云々。 それから十日ほど経って十二月の四日に、白石はまたシロオテを召し出し、日本に渡って来たことの由をも問い、いかなる法を日本にひろめよ・・・ 太宰治 「地球図」
・・・一体学級の出来栄えには自ずから一定の平均値があってその上下に若干の出入りがある。その平均が得られれば、それでかなり結構な訳である。しかしもしある学級の進歩が平均以下であるという場合には、悪い学年だというより、むしろ先生が悪いと云った方がいい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ところがその翌日は両方の大腿の筋肉が痛んで階段の上下が困難であった。昨日鬼押出の岩堆に登った時に出来た疲労素の中毒であろう。これでは十日計画の浅間登山プランも更に考慮を要する訳である。 宿の夜明け方に時鳥を聞いた。紛れもないほととぎすで・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・夕陽は堤防の上下一面の枯草や枯蘆の深みへ差込み、いささかなる溜水の所在をも明に照し出すのみか、橋をわたる車と人と欄干の影とを、橋板の面に描き出す。風は沈静して、高い枯草の間から小禽の群が鋭い声を放ちながら、礫を打つようにぱっと散っては消える・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・三隊互ニ循環シテ上下ス。サレバ客ノ此楼ニ登ツテ酔ヲ買ハント欲スルモノ、若シ特ニ某隊中ノ阿嬌第何番ノ艶語ヲ聞カンコトヲ冀フヤ、先阿嬌所属ノ一隊ノ部署ヲ窺ヒ而シテ後其ノ席ニ就カザル可カラズ。然ラザレバ徒ニ纏頭ヲ他隊ノ婢ニ投ジテ而モ終宵阿嬌ノ玉顔・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・夜と云うむやみに大きな黒い者が、歩行いても立っても上下四方から閉じ込めていて、その中に余と云う形体を溶かし込まぬと承知せぬぞと逼るように感ぜらるる。余は元来呑気なだけに正直なところ、功名心には冷淡な男である。死ぬとしても別に思い置く事はない・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・したがって上下数千年に渉って抽象的の工夫を費やさねばならぬ。右から見ている人と左から眺めている人との関係を同じ平面にあつめて比較せねばならぬ。昔しの人の述作した精神と、今の人の支配を受くる潮流とを地図のように指し示さねばならぬ。要するに一人・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
出典:青空文庫