・・・ 飲料の貯水池が砲台の奥にあって、撃破されたコンクリートの天井が黒い澱み水の上に墜ちかかっているのが、ランターンのちらつく不安定な灯かげの輪のなかに照らし出されて来る。 グーモンへ着いた時には、落ちかかると早い日が山容を濃く近く見せ・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・イエニーが経済的に困難を極める日々のなかでなおハイネの詩を読んでやり、気分の不安定だった孤独な詩人を慰めてやっていたということは、イエニーの資質の豊かさを残りなく語っているのである。 パリにおけるマルクス一家の経済的基礎であった『独仏年・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・けれども、経済の土台がそういう不安定であることと、女は稼業の中心に入らないというしきたりとのため、特にあとの条件のため、どことなし女として社会的な進取の態度が失われて今日まで来ていると思う。「隣組」の実際的なねうちは、漁家のそれら様々の・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・ それは、私にとって嬉しい事であると同時に、何となし不安定な様な心のする事である。 或る一つの仕事を仕あげ様とする快いせわしさと、苦しさに迫られて居る。 今の気持では年に一つ一つ何か遺して行きたいと思って居る。 二年後には、・・・ 宮本百合子 「偶感」
・・・今日の社会生活全般の不安定な錯雑したいきさつの間に、愛の堅忍と誠実とが試みにかけられつつある。親の権威よりはるかに強く猛々しい社会不合理に面しているのである。 その国の民主主義が社会主義の段階まで到達しているところ、そして、非条理なナチ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・今度は淀橋にいた時から注意をそこに集めていましたが徐々に弱り、父の亡くなった前後、非常に不安定な状態になりました。本来はその時最も入院が必要でした。けれどもその都合にゆかず、予審が終ってから即ち目下養生をしているという次第です。お医者様は私・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 彼女達の処にも不安定な条件は大きくあるけれども、もう一日一日と生活を向上させてゆく目あてはハッキリつきました。 私達はこの地球でもっとも広い地域を示している新中国の人民の勝利を、ただ「いいわね」と云って眺めたり、やたらにノボセタリ・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・ 記録文学の流行は、出版界の不安定性とまじり合って、各出版社を記録文学のヒットさがしに熱中させた。花山信勝の「平和の発見」は軍国主義のあらわな鼓舞としてはげしく非難された。その「平和の発見」は出版社の人々と著者の合作でつくられたものであ・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・ 三 この二三年らい日本のあらゆる事情が激変しているが、特に昨今は物価の乱調子な気ぜわしない上り下りや様々の必需品の不揃い不安定な状態も、切実に生活感情のうちにそのかげをうつしているのだと思う。乾物屋が店の・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・生活の困難は益々おびただしく、いまでは国民所得の七割が税になって、不安定も底をついたと云っていいほどだし、六・三制の予算は、僅か七億にきりちぢめられた。闇買いをしないために営養失調から死んだ判事の問題が新聞に報じられているし「葦折れぬ」とい・・・ 宮本百合子 「再版について(『私たちの建設』)」
出典:青空文庫