・・・というどこやら謙遜めいた題から私は作者がこの十数年間に人間として身にとりあつめて来たものの内容と、現在作家として感じようとする文学的雰囲気とでもいうようなものとの間に、何か不安定な間隔が介在していることを感じた。私はこの作者が、都会人らしく・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・道徳的頽廃の根源も、生活不安定にある。 困難な条件が循環して果しないのに失望した一団の婦人たちが現れた。それほど国家が無力ならば、自分たち未亡人といわれる境遇に生きる者が、共通の苦痛と共通の必要にたってかたまり、社会に生活の道を拓いて行・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
一九三四年のブルジョア文学の上に現れたさまざまの意味ふかい動揺、不安定な模索およびある推量について理解するために、私たちはまず、去年の終りからひきつづいてその背景となったいわゆる文芸復興の翹望に目を向けなければなるまいと思・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・それとも、それは現代生活の波瀾のなかで、婦人帽のはじにちょっと下げられた一ひらのヴェールのように、その不安定さ、あいまいさの故に却って風情と好奇心とを、ひかれるような言葉として感じられるだろうか。 貞操というような言葉をきいたとき、今日・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・それまでの一年間ばかりはすべてが不安定で、ひろ子は、自分だけが、例えば文学報国会を脱退することで、一層くっきりと目立って孤立することがこわかった。防空壕にたった一人で入っているより多勢といたいこころもちがあった。文学の分野でも、情報局の形を・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・職業の不安とともに結婚の可能をも失った多くの若い女性、経済不安定のために学業をつづけられないすべての女学生たちこそ平和の要求者である。そしてわたしたちは苦痛によっていくらか賢くされた女性として、次のことを理解したいと思う。戦争は人間の起すも・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・経済事情の極度の不安定。これも今日の離婚の動機をなす最も大きい理由である。これらの諸理由が離婚の動機になるほど、これまでの結婚というものが、日本では、つよい愛に立っての結合ではなくて、「家」のためか「世帯」のためか、身のふりかたの問題であっ・・・ 宮本百合子 「離婚について」
・・・男子の任官というものも、全く藤原氏の権力者のお手盛りであったから、下級官吏達の生涯は、始めから終りまで不安定で、一旦藤原氏の機嫌をそこねたら、任官も覚束ない者が多かった。一年の始めに、任官発表がある毎に其々の一家の婦人達は喜び、歎きした。沢・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・彼は確実性の代わりに不安定をもって、力の代わりに予感をもって、形の代わりに影をもって、思想の代わりに情調をもって、何者かをほのめかす。彼は実をもって人に迫らずに虚をもって人を釣るのである。彼が偉いか偉くないか、私は知らない。 私は彼に悩・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫