・・・それから、監察御史や起居舎人知制誥を経て、とんとん拍子に中書門下平章事になりましたが、讒を受けてあぶなく殺される所をやっと助かって、驩州へ流される事になりました。そこにかれこれ五六年もいましたろう。やがて、冤を雪ぐ事が出来たおかげでまた召還・・・ 芥川竜之介 「黄粱夢」
・・・知性は冷やかに死後の再会というようなことを否定するであろうが、この世界をこのアクチュアルな世界すなわち娑婆世界のみに限るのは絶対の根拠はなく、それがどのような仕組みに構成されているかということは恐らく人知の意表に出るようなことがありはしない・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・気の毒だけれども誰も人智の有限と無限とを智慧の上から推して断定のできるものはまず無さそうだ。そのくらいの事だからまず動物と植物の区別さえろくにはつかないのサ。それから生物と死物との区別だッてろくに付けることの出来るものはまず無いのサ。生物の・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・重大のこと 知ることは、最上のものにあらず。人智には限りありて、上は――氏より、下は――氏にいたるまで、すべて似たりよったりのものと知るべし。 重大のことは、ちからであろう。ミケランジェロは、そんなことをせずともよい豊か・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・しかし人知のきわめうる微分は人間にとっては無限大なるものである。一塊の遊星は宇宙の微分子であると同様に人間はその遊星の一個の上の微分子である。これは大きさだけの事であるが知識の dimensions はこれにとどまらぬ。空間に対して無限であ・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・丁度一匁とかキッチリ一寸など云えば大変に正確に聞えるが、精密とか粗雑とかいうのも結局は相対的の言葉である。人智の測り得る所いずれか粗雑ならざらんやである。丁度と云いキッチリというのも約というのも根本的の相違はない。一尺の竹の尺度を百本比較す・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・古法古言を盲信して万世不易の天道と認め、却て造化の原則を知らず時勢の変遷を知らざるは、古学者流の通弊にこそあれ。人智の進歩は盲信を許さゞるなり。古人が女子を床の下に臥さしめて男天女地の差別を示したるは古人の発意にして、其意は以て人間万世の法・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・る者が人民の権を認むると否とに際して、その加減の難きは、医師の匕の類に非ず、これを想い、またこれを思い、ただに三思のみならず、三百思もなお足るべからずといえども、その細目の適宜を得んとするは、とうてい人智の及ぶところに非ざれば、大体の定則と・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・それは、たしかに幕府政治の無力を知り、封建制におしひしがれている社会生活について沈黙しているにたえなくなった「人智の開発」であり、明治に向う知識慾であったにはちがいない。しかし、これらの藩学校は、藩という制度の枠にはまっていた本質上、当時の・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・もいよいよ終りに近づいて、著者コフマンは、何という簡明具体的な表現で、電気に関する人智の進歩のあとを辿っていることだろう。今日の少年少女たちの日常のなかには一つのスウィッチの形で出現している多種多様な働きの電気というものを、人間生活にとりい・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
出典:青空文庫