・・・……日蓮が母存生しておはせしに、仰せ候ひしことも、あまりに背き参らせて候ひしかば、今遅れ参らせて候が、あながちにくやしく覚えて候へば、一代聖教を検べて、母の孝養を仕らんと存じ候。」 一体日蓮には一方パセティックな、ほとんど哭くが如き、熱・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・「訳のよく分らぬことを仰せあるが、右膳申したる旨は御取あげ無いか。」「…………」「必ず御用いあることと存じて、大事も既に洩らしたる今、御用いなくば、後へも前へも、右膳も、臙脂屋も動きが取れ申さぬ。ナ、御返答は……」「…………・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 王女は仰せを聞いて、さっそく、死の水を王さまにふりかけて、それから、命の水をかけて生きかえらせてお上げしました。王さまはよくばって、その上もっと美しくなりたいとお思いになり、もう一度死なしてくれとお言いになりました。 王女はまた死・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・さして行く笠置の山、と仰せられては、藤原季房ならずとも、泣き伏すにきまっている。あまりの事に、はにかんで、言えないだけなのである。わかり切った事である。鳴かぬ蛍は、何とかと言うではないか。これだけ言ってさえも、なんだか、ひどく残念な気がする・・・ 太宰治 「一燈」
・・・ゆるは、落人にやあるらん、いざ留めん』とて、沙汰人数多出でける中に、源内兵衛真弘と云う者、腹巻取って打ち懸け、長刀持ちて走り出でけるが、佐殿を見奉り、馬の口に取り附き、『落人をば留め申せと、六波羅より仰せ下され給う』とて既に抱き下し奉らんと・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・と命ずると、「カアチ」になった子が「何を打ちましょう」と聞く。そこで庄屋殿が例えば「狸」と仰せられると加八は一同の顔色を注意深く観察して誰が「狸」であるかを観破するために云わば読心術の練習のようなことをする。「狸」でない子がわざとなんだか落・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・ 昔の大名それの君、すれちがいし船の早さに驚いてあれは何船と問い給えば御附きの人々かしこまりて、あれはちがい船なればかく早くこそと御答え申せば、さらばそのちがい船を造れと仰せられし勿体なさと父上の話に皆々またどっと笑う間に船は新田堤にか・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・人生に触れろと御注文が出る前に、人生とはこんなもの、触れるとはあんなもの、すべてのあんな、こんなを明暸にしておいてさてかような訳だから技巧は無用じゃないかと仰せられたなら、その時始めて御相手を致しても遅くはなかろうと思って、それまでは差し控・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・今までは女二人だと思ってずいぶん勝手な事ばかりしたのですが、今じゃ男がついているからそうばかり踏みつけられちゃいませんのさ、と間接に亭主の自慢を仰せられた。それから御待遠様それでは出かけましょうと云うから出かけた。我輩は手提革鞄の中へ雑物を・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・るばかりなれども、机に千文八百ふみうづたかくのせて人丸の御像などもあやしき厨子に入りてあり、おのれきものぬぎかへて賤が著るつづりおりに似たる衣をきかへたり、此時扇一握を半井保にたまひて曙覧にたびてよと仰せたり、おのれいへらく、みましの屋の名・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫