・・・きっと、そうだ。偉い数学者なんだ。もちろん博士さ。世界的なんだ。いまは、数学が急激に、どんどん変っているときなんだ。過渡期が、はじまっている。世界大戦の終りごろ、一九二〇年ごろから今日まで、約十年の間にそれは、起りつつある。」きのう学校で聞・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・色気を感じさせないところが偉いと私は尊敬をしていたのですが、やっぱり、ちょっと男に色気を起させるくらいの女のほうが、善良で正直なのかも知れません。何が何やら、もう私は女の言う事は、てんで信用しない事にしました。 圭吾は、すぐに署長の証明・・・ 太宰治 「嘘」
・・・自分より豪いもの自分より高いものを望む如く、現在よりも将来に光明を発見せんとするものである。以上述べた如くローマンチシズムの思想即ち一の理想主義の流れは、永久に変ることなく、深く人心の奥底に永き生命を有しているものであります。従ってローマン・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・それにも飽き足らず、この上相撲へ連れて行って、それから招魂社の能へ誘うと云うんだから、あなたは偉い。実際善人か悪人か分らない。 私は妙な性質で、寄席興行その他娯楽を目的とする場所へ行って坐っていると、その間に一種荒涼な感じが起るんです。・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・勉強して女の偉い人になって下さい。若子を何時までも友達にして下さってね、私の母の処へも時々遊びに行って下さい。よいですか。』 私は唯胸が痛くなるばかりで、御返辞さえ出来ないのでした。『兄さん、』と、若子さんは御呼掛でしたが、辛ッと私・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・悠々として天命を楽むのは実に豪い。例えば「死」なる問題は、今の所到底理論の解決以外だ。が、解決が出来たとした所で、死は矢張り可厭だろう。ただ解決が出来れば幾分か諦が付き易い効はあるが、元来「死」が可厭という理由があるんじゃ無いから――ただ可・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・けれどもそんなに稼ぐのも、やっぱり主人が偉いのだ。「おい、お前は時計は要らないか。」丸太で建てたその象小屋の前に来て、オツベルは琥珀のパイプをくわえ、顔をしかめて斯う訊いた。「ぼくは時計は要らないよ。」象がわらって返事した。「ま・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・世間で偉いと思われている人物とそっくりの顔立ちに生れついているなどという偶然は、ある種の人間にとって、何と皮肉で腹立たしいことだろう。不肖の息子が、顔立ちばかりは卓越していた父親そっくりであるという自然の冷厳なしきうつしとともに。不幸にもキ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・「お前今日な、馬が狸橋の上から落ちよってさ、そりゃ豪いこっちゃぞな。」とお留は云った。「秋公はな! 今俺とこへ来よったんやが。」「知らんぞな。わしゃ今帰ったばっかりやが。お前、馬が横倒しにどぶんと水の中へはまりよったら見い、馬っ・・・ 横光利一 「南北」
・・・彼が偉いか偉くないか、私は知らない。 私は彼に悩まされることを愧じる。しかしその刺激のゆえに彼に感謝する。一一 私はこういう事を夢みている。――私は自分の体験から、私のファウストを書かねばならぬ、と。この夢想の情熱は、わ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫