・・・伊勢の鸚鵡石にしても今の物理学者が実地に出張して研究しようと思えばいくらでも研究する問題はある。そしてその結果はたとえば大講堂や劇場の設計などに何かの有益な応用を見いだすに相違ない。 余談ではあるが、二十年ほど前にアメリカの・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・ その後にまた、大湯附近の空気中のイオンを計測するために出張を命ぜられて来たときは人車鉄道が汽車の軽便鉄道に変っていたが、それでもまだやはり朝東京を出て夕方熱海へ着く勘定であったように思う。去年はじめて省線電車で熱海へ行ったときは時間の・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・いつもは生きた機械か、別世界から出張した人間のように思われるこれらの従業員が、こうして見るとやはり乗客の自分らと同じ人種に見えるから妙である。昔北欧を旅行したとき、たしかヘルシングフォルスの電車の運転手が背広で、しかも切符切りの車掌などは一・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・翌朝出入の鳶の者や、大工の棟梁、警察署からの出張員が来て、父が居間の縁側づたいに土足の跡を検査して行くと、丁度冬の最中、庭一面の霜柱を踏み砕いた足痕で、盗賊は古井戸の後の黒板塀から邸内に忍入ったものと判明した。古井戸の前には見るから汚らしい・・・ 永井荷風 「狐」
・・・借りたものは巴里だって返す習慣なのだから、いかな見え坊の細君もここに至って翻然節を折って、台所へ自身出張して、飯も焚いたり、水仕事もしたり、霜焼をこしらえたり、馬鈴薯を食ったりして、何年かの後ようやく負債だけは皆済したが、同時に下女から発達・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・かつ学校の傍にその区内町会所の席を設け、町役人出張の場所となして、町用を弁ずるの傍に生徒の世話をも兼ぬるゆえ、いっそうの便利あるなり。 四所の中学校には、外国人を雇い、英仏日耳曼の語学を教えり。その法は東京・大坂に行わるるものと大同小異・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・よってこのたびはまた、社中申合わせ、汐留奥平侯の屋鋪うちにあきたる長屋を借用し、かりに義塾出張の講堂となし、生徒の人員を限らず、教授の行届くだけ、つとめて初学の人を導かんとするに決せり。日本国中の人、商工農士の差別なく、洋学に志あらん者は来・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・ 丁度この日は校長も出張から帰って来て、学校に出ていました。黒板を見てわらっていました、それから繭を売るのが済んだら自分も行こうと云うのでした。私たちは新らしい鋼鉄の三本鍬一本と、ものさしや新聞紙などを持って出て行きました。海岸の入口に・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・その美容術の先生はどこへでもご出張なさいますかしら。」「しましょうな」「それでは誠になんですがお序での節、こちらへもお廻りねがえませんでしょうか。」「そう。しかし私はその先生の書生というでもありません。けれども、しかしとにかくそ・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・それには、「海岸鳥類の卵採集の為に八月三日より二十八日間イーハトーヴォ海岸地方に出張を命ず。」 と書いてありました。わたくしはまるでほくほくしてしまいました。 あのイーハトーヴォの岩礁の多い奇麗な海岸へ行って今ごろありもしない卵・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
出典:青空文庫