・・・――今日はそう云う条件の下にここに出現した訳であります。けれども不幸にしてあまり御覧に入れるほどな顔でもない。顔だけではあまり軽少と思いますからついでに何か御話を致しましょう。もとより演説と名のつく諸君よ諸君はとてもできませんから演説と云っ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・従て維新の際に至り、ますます下士族の権力を逞うすることあらば、或は人物を黜陟し或は禄制を変革し、なお甚しきは所謂要路の因循吏を殺して、当時流行の青面書生が家老参事の地位を占めて得々たるがごとき奇談をも出現すべきはずなるに、中津藩に限りてこの・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・夜雨秋寒うして眠就らず残燈明滅独り思うの時には、或は死霊生霊無数の暗鬼を出現して眼中に分明なることもあるべし。 蓋し氏の本心は、今日に至るまでもこの種の脱走士人を見捨てたるに非ず、その挙を美としてその死を憐まざるに非ず。今一証を示さんに・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・月天子山のはを出でんとして、光を放ちたまうとき、疾翔大力、爾迦夷波羅夷の三尊が、東のそらに出現まします。今宵は月は異なれど、まことの心には又あらはれ給わぬことでない。穂吉どのも、ただ一途に聴聞の志じゃげなで、これからさっそく講ずるといたそう・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・アツレキ三十一年二月七日、表、日本岩手県上閉伊郡青笹村字瀬戸二十一番戸伊藤万太の宅、八畳座敷中に故なくして擅に出現して万太の長男千太、八歳を気絶せしめたる件。」「よろしい。わかった。」とネネムの裁判長が云いました。「姓名年齢、その通・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・世界は複雑に複雑にと推移しているのだから、単純きわまる主観人として三代目が出現したりしたら、愛するわれらの国はどうなるだろう。今日は常に明日につづいている。ここに深い意味がある。〔一九四〇年十月〕・・・ 宮本百合子 「明日の実力の為に」
・・・ ファシズムが、イデオロギーの面でも、左からまわってやってきているという例は、猪木正道氏、渡辺慧氏などという新型のジャーナリズム流行児の出現にも注目されます。 過去十数年にわたってわたしたち日本の人民は、正しい社会科学の本もよめなか・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・そこへ出現して来た栖方の新武器は、聞いただけでも胸の躍ることである。それに何故また自分はその武器を手にした悪人のことなど考えるのだろうか。ひやりと一抹の不安を覚えるのはどうしたことだろうか。――梶は自分の心中に起って来たこの二つの真実のどち・・・ 横光利一 「微笑」
・・・この劇的雄弁術を演技だと考えていた吾人は、デュウゼが新しい考え方と演じ方とをもって出現するに及び革命に逢着した。デュウゼにとっては動作は終局でない。真の演技の邪魔となるに過ぎない。彼女にとっては最も大なる瞬間は最も深い静寂の時である。情熱を・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・祭壇を築いて、その神を説きあかすべきパウロの出現を待つ。そうして近代精神の造り出したあらゆる偶像の破壊を期待する。 右のごとき偶像の破壊と再興とは、十九世紀末の大いなる個人の生活によって例示せられた。トルストイは前半生において自然の勝利・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫