・・・若い美しい女を見ると、平生は割合に鋭い観察眼もすっかり権威を失ってしまう。若い時分、盛んにいわゆる少女小説を書いて、一時はずいぶん青年を魅せしめたものだが、観察も思想もないあくがれ小説がそういつまで人に飽きられずにいることができよう。ついに・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・園内の芝生は割合に気持のいいところである。芝生の真中で三、四人弁当をひろげて罎詰めの酒を酌んでいる一団がある。中年の商人風の男の中に交じった一人の若い女の紫色に膨れ上がった顔に白粉の斑になっているのが秋の日にすさまじく照らし出されていた。一・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・殊に根津遊廓のことに関しては当時の文書にして其沿革を細説したものが割合に少いので、わたくしは其長文なるを厭わず饒歌余譚の一節をここに摘録する事とした。徒に拙稿の紙数を増して売文の銭を貪らんがためではない。わたくしは此のたびの草稿に於ては、明・・・ 永井荷風 「上野」
一 太十は死んだ。 彼は「北のおっつあん」といわれて居た。それは彼の家が村の北端にあるからである。門口が割合に長くて両方から竹藪が掩いかぶって居る。竹藪は乱伐の為めに大分荒廃して居るが、それでも庭からそこらを陰鬱にして居る。・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・寂然として太古の昔を至る所に描き出しているが、樹の高からぬのと秋の日の射透すので、さほど静かな割合に怖しい感じが少ない。その秋の日は極めて明かな日である。真上から林を照らす光線が、かの丸い黄な無数の葉を一度に洗って、林の中は存外明るい。葉の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・嫁の役目と思えば勉強すべきなれども、其教訓いよ/\厳重にして之を守ることいよ/\窮窟なる其割合に、内実親愛の情はいよ/\冷却して内寒外温、遂に水臭き間柄となるは自然の勢にして、畢竟するに舅姑と嫁と、親子にも非ざる者を親子の如くならしめんとし・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・けれどもお前達のところは割合北から西へ外れてるから、梅雨らしいことはあんまりないだろう。あんまりサイクルホールの話をしたから何だか頭がぐるぐるしちゃった。もうさよなら。僕はどこへも行かないんだけれど少し睡りたいんだ。さよなら。」 又三郎・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・あの作品の性質としてゆるがせにされないこういう箇処が割合粗末であった。おふみと芳太郎とは、漠然と瞬間、全く偶然にチラリと目を合わすきりで、それは製作者の表現のプランの上に全然とりあげられていなかったのである。後味の深さ、浅さは、かなりこうい・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・子爵は財政が割合に豊かなので、嫡子に外国で学生並の生活をさせる位の事には、さ程困難を感ぜないからである。 洋行すると云うことになってから、余程元気附いて来た秀麿が、途中からよこした手紙も、ベルリンに著いてからのも、総ての周囲の物に興味を・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・その態度のもとに、素直な卒直な表現の仕方を作り出して行くためには、いろいろな苦心をしなくてはなるまいが、しかしその態度そのものは、割合に早く固定するもののように思われる。しかるに幼少のころから、他人の感情を害すまい、他人の誤解を受けまいとい・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫