・・・マッハの「力学」一巻でも読破して多少自分の批評的な目を働かせてみて始めていくらか「理解」らしい理解が芽を吹いて来る。しかしよくよく考えてみるとそれではまだ充分だろうとは思われない。 科学上の知識の真価を知るには科学だけを知ったのでは不充・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・ただしこの乗るという字に註釈が入る、この字は吾ら両人の間にはいまだ普通の意味に用られていない、わがいわゆる乗るは彼らのいわゆる乗るにあらざるなり、鞍に尻をおろさざるなり、ペダルに足をかけざるなり、ただ力学の原理に依頼して毫も人工を弄せざるの・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・しばらくこの二要素を文学の方へかためて申しますと、推移の法則は文学の力学として論ずべき問題で、逗留の状態は文学の材料として考えるべき条項であります。双方とも批評学の発達せぬ今日は誰も手を着けておりませんから、研究の余地は幾らでもあります。私・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・はっはっは、どうだ、もっともそれはおれのように勢力不滅の法則や熱力学第二則がわかるとあんまりおかしくもないがね、どうだ、ぼくの軍隊は規律がいいだろう。軍歌にもちゃんとそう云ってあるんだ。」 でんしんばしらは、みんなまっすぐを向いて、すま・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・五六人の男の踊り手が、黒い装で、ちょんびり人体力学の真似をやる。 が、諸君、おどろくな。この最後の一幕を通じて、凡そ二百人ばかりの、白いシャツを着た大群集が順ぐり高さの違う台の上にキレイに立ち並ばせられたまま、滝が落ちようが、石油が燃え・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・だけれども、レオナルドが、彼のフロレンスの仕事部屋で、人間をのせて飛ぶことのできる機械について力学的な計算をし、製図し、製作しているとき、彼の胸には、どういう感想があったろう。ギリシア神話にあるイカルスの冒険を、科学の力で、人類のすべてにと・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・その紛糾も、社会生活の諸要素が、ゆたかな雨とゆたかな日光とにぬくめられて、一時にその芽立ちに勢立つ緑濃き眺めと云うよりは、寧ろ、もっと力学的な或はシーソー風なもので、風俗の上に現れるあの面は、関係として見ると、その面の裏であると云えるように・・・ 宮本百合子 「風俗の感受性」
・・・でも、列というものがその力でどこかをみっしみっしと軋らせはじめると、一番弱々しい箇所に向ってのしかかるのは列の力学とでもいうものだろうか。昔から女は、外で亭主がむしゃくしゃしてきた鬱憤をはらす対象として躾けられて来た。女の生活の眼もいくらか・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・認識とは悟性と感性との綜合体なるは勿論であるが、その客体を認識する認識能力を構成した悟性と感性が、物自体へ躍り込む主観なるものの展発に際し、よりいずれが強く感覚触発としての力学的形式をとるかと云うことを考えるのが、新感覚の新なる基礎概念を説・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・またその市街の底で静っている銅貨の力学的な体積は、それを中心に拡がっている街々の壮大な円錐の傾斜線を一心に支えている釘のように見え始めた。「そうだ。その釘を引き抜いて!」 彼はばらばらに砕けて横たわっている市街の幻想を感じると満足し・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫