・・・自分は山の手の書斎の沈静した空気が、時には余りに切なく自分に対して、休まずに勉強しろ、早く立派なものを書け、むつかしい本を読めというように、心を鞭打つ如く感じさせる折には、なりたけ読みやすい本を手にして、この待合所の大きな皮張の椅子に腰をか・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・「まあ大概そのくらいさ、家へ帰って飯を食うとそれなり寝てしまう。勉強どころか湯にも碌々這入らないくらいだ」と余は茶碗を畳の上へ置いて、卒業が恨めしいと云う顔をして見せる。 津田君はこの一言に少々同情の念を起したと見えて「なるほど少し・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・しかしまた一方には何事にも促らわれず、自由に自分の好む勉強ができるので、内に自ら楽むものがあった。超然として自ら矜持する所のものを有っていた。私の頃は高校ではドイツ語を少ししかやらなかったので、最初の一年は主として英語の注釈の附いたドイツ文・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・『美子さん、勉強なさいよ。勉強して女の偉い人になって下さい。若子を何時までも友達にして下さってね、私の母の処へも時々遊びに行って下さい。よいですか。』 私は唯胸が痛くなるばかりで、御返辞さえ出来ないのでした。『兄さん、』と、若子・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・歳月の間に其子供等は小学を勉強して不孝の子となり、女大学を暗誦して婬婦となり、儒教の家庭より禽獣を出したるこそ可笑しけれ。左れば男女交際は外面の儀式よりも正味の気品こそ大切なれ。女子の気品を高尚にして名を穢すことなからしめんとならば、何は扨・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・で、終には、親の世話になるのも自由を拘束されるんだというので、全く其の手を離れて独立独行で勉強しようというつもりになった。 が、こうなると、自分で働いて金を取らなきゃならん。そこであの『浮雲』も書いたんだ。尤も『浮雲』以前にも翻訳などは・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・それでもわたくしは主人が渡世上手で、家業に勉強して、わたくし一人を守っていてくれるのをせめてもの慰めにいたしていました。 しかしそれはわたくしがひどく騙されていたのでございます。ある偶然の出来事から、わたくしはそれを発見いたしました。夫・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・この勢いで帰って三角を勉強しようという意気込であった。ところが学校の門を這入る頃から、足が土地へつかぬようになって、自分の室に帰って来た時は最早酔がまわって苦しくてたまらぬ。試験の用意などは思いもつかぬので、その晩はそれきり寐てしまった。す・・・ 正岡子規 「酒」
・・・むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さん・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ その教室を出て、もう一つの教室へ行くと、そこでは若い生徒ではない、もう四十五十の小父さん小母さんが十人ばかり、むきな顔をして代数の勉強をやっていた。職場で働いているが、こういう人々はもっと自分の技術を高めて、ソヴェト同盟が最も必要とし・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
出典:青空文庫