・・・は出来る時にしておくさと言った。半日も下宿に籠って見厭きた室内、見厭きた庭を見ていると堪えられなくなって飛び出す。黒田を誘うて当もなく歩く。咲く花に人の集まる処を廻ったり殊更に淋しい墓場などを尋ね歩いたりする。黒田はこれを「浮世の匂」をかい・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・この僅かなる慰安が珍々先生をして、洋服を着ないでもすむ半日を、唯うつうつとこの妾宅に送らせる理由である。已に「妾宅」というこの文字が、もう何となく廃滅の気味を帯びさせる上に、もしこれを雑誌などに出したなら、定めし文芸即悪徳と思込んでいる老人・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・「一生懸命にやったら半日くらいで済むだろう」「そうは行くまい」と碌さんが反対する。「そうかな。じゃ一日かな」「一日や二日で奇麗に抜けるなら訳はない」「そうさ、ことによると一週間もかかるかね。見たまえ、あの丁寧に顋を撫で廻・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・一年三百六十日、脩学、半日の閑を得ずして身を終るもの多し。道のために遺憾なりというべし。 (我が輩かつていえらく、打候聴候は察病にもっとも大切なるものなれども、医師の聴機穎敏ならずして必ず遺漏あるべきなれば、この法を研究するには、盲人の・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・縁語を用いたる句、春雨や身にふる頭巾著たりけりつかみ取て心の闇の螢哉半日の閑を榎や蝉の声出代や春さめ/″\と古葛籠近道へ出てうれし野のつゝじかな愚痴無智のあま酒つくる松が岡蝸牛や其角文字のにじり書橘のかは・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・とにかく僕は今日半日で大丈夫五十円の仕事はした訳だ。なぜならいままでは塩水選をしないでやっと反当二石そこそこしかとっていなかったのを今度はあちこちの農事試験場の発表のように一割の二斗ずつの増収としても一町一反では二石二斗になるのだ。みん・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・五月には、「お百姓なんて辛いもんだね、私にゃ半日辛棒もなりませんや」と、肩を動して笑った。――本当にこの永い一生、何をして生きて来たんだろう。村の人は、土地に馴れたという丈でやっと犬が吠ないような身装をし、食べ歩いて生きている癖に、・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・三十日に大暴風で阪の下に半日留められた外は、道中なんの障もなく、二人は七月十一日の夜品川に着いた。 十二日寅の刻に、二人は品川の宿を出て、浅草の遍立寺に往って、草鞋のままで三右衛門の墓に参った。それから住持に面会して、一夜旅の疲を休めた・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・この男にこの場所で小さい女中は心安くなって、半日一しょに暮らした。さて午後十一時になっても主人の家には帰らないで、とうとう町なかの公園で夜を明かしてしまった。女中は翌日になって考えてみたが、どうもお上さんに顔を合せることが出来なくなった。そ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・そしたら明日どこぞへ小屋建てよう、清溝の柿の木の横へでも、藁でちょっと建てりゃわけやないわして、半日で建つがな。」「それでもお前、十五六円やそこらかかろがな?」「その位はそりゃかかるわさ。そやけど瓦のかけらでもあろまいし、藁ばっかし・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫