・・・貧乏というものは口惜しいものだということを一葉は日記の中で書いている。半井桃水が借金に苦しめられて居どころをくらまして、小さい部屋にかくれ住んでいる。そこへ一葉は原稿を読んでもらいにもって行く。貧乏な生活が一葉の現実である以上、それをむき出・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ やいたと云っては口惜しいから、道徳的にどうこういう。 顔で行かず、心で行こうという見えざるコケット ○「男は、女を愛す、と平気で云う。女だって同じと思うわ、それを何故私は男の人がすきよと云えないの、云っちゃあいけないのでしょう・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 自分でよんで、自分でうっとりする様な歌は、どうしても、まだ未熟な私には、出て来て呉れない、それが口惜しい。 どうにでもうまく一つやらねばならないと思うと、じいっと座って居られない様な気持になって来る。 雑誌をよんだり、短歌集を・・・ 宮本百合子 「短歌」
・・・と云われたけれども口惜しいような、一日中机にかじりついてれば立派なことができるように思われたんで机の前にまいもどった。 数学は今まで毎日して来たから今日は休んで、英語と歴史とをさらう。力抜山気被世 時不利 の詩をいつもよ・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・などときかれるのは、たまらなく口惜しい。自分の方でも避けているので、まったく独りぼっちの彼は一日中裸足の足の赴くがままに、山や河を歩きまわっていたのである。 どこへ行っても山は美しい。 面白いもので一杯にはなっているけれども、彼・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ いかにも口惜しい、事じゃ。 我と我が身を雲を突く山の切り崖からなげ出いて目に見えぬほど粉々にくだいてしまいたいほどじゃ。 今までによう味わなんだ、あやまる と云う事を経験せねばならぬ時になったのじゃ。 わし・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・けれども、恥しいと云うのが口惜しい太鼓は、すっかりやけに成って、いきなりゴロッと小さい粟粒の上に圧かぶさってしまった。 そして「如何うだ此でもか! ハハハ」と嬉しそうに笑った。 太鼓は雨が降っても、風が吹いても粟の上にがん張って・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・日記の中で、そういう女の人達に混って食うに食えないような自分、着物さえも借着である、そして、お追従を云いながらあの人たちの中に入っていなければならないのか、馬鹿らしいことだ、口惜しいことだと憤慨しています。自分の働いて生きて行く女としての立・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・彼らはどんなにか口惜しい思いをするであろう。こう思ってみると、忠利は「許す」と言わずにはいられない。そこで病苦にも増したせつない思いをしながら、忠利は「許す」と言ったのである。 殉死を許した家臣の数が十八人になったとき、五十余年の久しい・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・理論はそういうときに、口惜しいけれども飛び出してしまう。書くときには疲れないが書けないときにはひどく疲れてへとへとになるのも、このときである。 これは作家の生活を中心とした見方の一例にまで書くのであるが、『春琴抄』という谷崎氏の作品を読・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫