・・・ 善ニョムさんは、片手を伸すと、一握りの肥料を掴みあげて片ッ方の団扇のような掌へ乗せて、指先で掻き廻しながら、鼻のところへ持っていってから、ポンともとのところへ投げた。「いい出来だ、これでお天気さえよきゃあ豊年だぞい」 善ニョム・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・後に聞けば島田家では蔵書の紛失に心づいてから市中の書肆へ手を廻し絶えず買戻しをしていたというはなしである。 森先生の渋江抽斎の伝に、その子優善が持出した蔵書の一部が後年島田篁村翁の書庫に収められていた事が記されてある。もし翰が持出した珍・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・ 津田君がこう云った時、余ははち切れて膝頭の出そうなズボンの上で、相馬焼の茶碗の糸底を三本指でぐるぐる廻しながら考えた。なるほど珍らしいに相違ない、この正月に顔を合せたぎり、花盛りの今日まで津田君の下宿を訪問した事はない。「来よう来・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・然るに歳漸く不惑に入った頃、如何なる風の吹き廻しにや、友人の推輓によってこの大学に来るようになった。来た頃は留学中の或教授の留守居というのであったが、遂にここに留まることとなり、烏兎怱々いつしか二十年近くの年月を過すに至った。近来はしばしば・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・彼は閂を両手に握って、盲目滅法に振り廻した。そいつが支那人の身体に当り、頭や腕をヘシ折るのだった。「それ、あなた。すこし、乱暴あるネ。」 と叫びながら、可憫そうな支那兵が逃げ腰になったところで、味方の日本兵が洪水のように侵入して来た・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ ガラガラッとハンドルを廻しながら、六尺鑿を抜き出した。 小林は前へ廻って、鑿を外しながら、「エッ」と云った。「もう五尺は入っただろう」「そうさなあ、入ったかも知れねえな」「早仕舞にしようじゃないか」「いいなあ、・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・それでもまア久しぶりのつもりで、おい平田、盃を廻したらいいだろう。おッと、お代り目だッた。おい、まだかい。酒だ、酒だ」と、次の間へかけて呼ぶ。「もうすこし。お前さんも性急だことね。ついぞない。お梅どんが気が利かないんだもの、加炭どいてく・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・小説に摸写せし現象も勿論偶然のものには相違なけれど、言葉の言廻し脚色の摸様によりて此偶然の形の中に明白に自然の意を写し出さんこと、是れ摸写小説の目的とする所なり。夫れ文章は活んことを要す。文章活ざれば意ありと雖も明白なり難く、脚色は意に適切・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・首から下も見えぬけれど何だか二重廻しを著て居るように思われた。その顔が三たび変った。今度は八つか九つ位の女の子の顔で眼は全く下向いて居る。額際の髪にはゴムの長い櫛をはめて髪を押さえて居る。四たび変って鬼の顔が出た。この顔は先日京都から送って・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・ すると三郎は顔をまっ赤にして、しばらくそれを振り回して何か言おうと考えていましたが、「おら知らないでとったんだい。」とおこったように言いました。 みんなはこわそうに、だれか見ていないかというように向こうの家を見ました。たばこば・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
出典:青空文庫