・・・わたしのためわたしのためと心配してくださる両親の意に背いては、誠に済まない事と思いますけれど、こればかりは神様の計らいに任せて戴きたい、姉さんどうぞ堪忍してください、わたしの我儘には相違ないでしょうが、わたしはとうから覚悟をきめています。今・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「まあ、堪忍してやんなさい。なんといっても、まだ子供だ。それに病身とみえて、あんなに顔色が悪いのだから。」と、あばた面の男は、仲へ入って、その場を円くおさめてくれました。 少年は、心の中で、顔つきにも似ず心のやさしい乞食だと思って、・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・と、先生はいって、しばらく考えていましたが、「あなたは、巡査さんにいって縛ったほうがいいか、また堪忍してやったほうがいいか、どちらがいいと思いますか。」と、先生は、今度は反対におみよに問い返しました。「私は堪忍してやったほうがいいと・・・ 小川未明 「なくなった人形」
・・・ やさしい姉は、弟をいたわって、「三郎さん、わたしが悪かったのだから、どうか堪忍しておくれ。あんなに三郎さんがかわいがっていた鳥を逃がしてしまって、わたしが悪かったから、どうか堪忍しておくれ。きっと、わたしが鳥を探して捕まえてきてあ・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・「あ、僕が悪かったのだから堪忍しておくれ。」と、乙は、わなわなとふるえながら太郎にたのんでいました。「きっとかい。僕の家来になったのなら、帰りに待っておれ。いっしょに帰るから、うそをいったら、今度ひどいめにあわしてやるから。」・・・ 小川未明 「雪の国と太郎」
・・・が、いや、差しかかった主人の用向が大切だ、またおれの一命はこんなところで果すべきものではないと、思いかえして、堪忍をこらし、無事に其の時の用を弁じて間もなく退役し、自ら禄を離れて、住所を広島に移して斗籌を手にする身となった……。 それよ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・コウ、もう煮奴も悪くねえ時候だ、刷毛ついでに豆腐でもたんと買え、田圃の朝というつもりで堪忍をしておいてやらあ。ナンデエ、そんな面あすることはねえ、女ッ振が下がらあな。「おふざけでないよ、寝ているかとおもえば眼が覚めていて、出しぬけに床ん・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・いまでも、多少はそうであるが、私には無智な魯鈍の者は、とても堪忍できぬのだ。 一昨年、私は家を追われ、一夜のうちに窮迫し、巷をさまよい、諸所に泣きつき、その日その日のいのち繋ぎ、やや文筆でもって、自活できるあてがつきはじめたと思ったとた・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・ああ、我慢ならない。堪忍ならない。私は、あの人も、こんな体たらくでは、もはや駄目だと思いました。醜態の極だと思いました。あの人はこれまで、どんなに女に好かれても、いつでも美しく、水のように静かであった。いささかも取り乱すことが無かったのだ。・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・人の無礼な嘲笑に対して、堪忍出来なかった。いつでも人に、無条件で敬服せられていなければすまないようであった。けれどもこの世の中の人たちは、そんなに容易に敬服などするものでない。大隅君は転々と職を変えた。 ああ、もう東京はいやだ、殺風景す・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫