・・・この駅長もその他の駅夫も皆この大男に熟している。せっかちで、あわて者で、早口であるということをも知っている。 板囲いの待合所に入ろうとして、男はまたその前に兼ねて見知り越しの女学生の立っているのをめざとくも見た。 肉づきのいい、頬の・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 十七 なぜ泣くか 芝居を見ていると近所の座席にいる婦人たちの多数が実によく泣く、それから男も泣く、泣きそうもないようなたくましい大男でかえって女よりもみごとによく泣くのもいる。 これらの観客はたぶんこうして泣き・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・などという異名がつけられるはずのが、当時の田舎力士の大男の名をもらっていたわけである。しかし相撲は上手でなく成績もあまりよくなかったが一つだれにもできぬ不思議な芸をもっていた。それは口を大きくあいて舌を上あごにくっつけておいて舌の下面の両側・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・かかる甲冑を着けたものは少なくとも身の丈七尺くらいの大男でなくてはならぬ。余が感服してこの甲冑を眺めているとコトリコトリと足音がして余の傍へ歩いて来るものがある。振り向いて見るとビーフ・イーターである。ビーフ・イーターと云うと始終牛でも食っ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・それとも知らずその内の人が外へ出ようとすると中庭に大男が大物を抱いて居る画があるので度々驚かされる。今日もまた例の画がかいてあったとその内の人が笑いながら話すのを僕が聞いたのも度々であった。その時の幼い滑稽絵師が今の為山君である。○・・・ 正岡子規 「画」
・・・ままよと濡れながら行けばさきへ行く一人の大男身にぼろを纏い肩にはケットの捲き円めたるを担ぎしが手拭もて顔をつつみたり。うれしやかかる雨具もあるものをとわれも見まねに頬冠りをなんしける。秋雨蕭々として虫の音草の底に聞こえ両側の並松一つに暮れて・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ 二人の男君は三代前の何とか彼とかの面倒なかかり合から、働くのもつらし、これ幸と一人前の大男が二人までのやっかいもの。 二人の女君は後室の妹君の娘達、二親に分れてからはこの年老いた伯母君を杖より柱よりたよって来て居られるもの、姉君を・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 背が低くて、力持ちでない禰宜様が助け上げたのが不思議なくらい、若者は縦にも横にも大男である。 が、もうすっかり弱りきっている。 心臓の鼓動は微かながら続いているから、生きてはいるのだが、見るも恐ろしいような形相をして絶息してい・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・どちらも痩せてみすぼらしい小男で、豊干のような大男ではない。 道翹が呼びかけたとき、頭を剥き出した方は振り向いてにやりと笑ったが、返事はしなかった。これが拾得だと見える。帽をかぶった方は身動きもしない。これが寒山なのであろう。 閭は・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・馬の口を取っている男は背の直い大男である。それが肥えた馬、大きい車の霊ででもあるように、大股に行く。この男は左顧右眄することをなさない。物にあって一歩をゆるくすることもなさず、一歩を急にすることをもなさない。旁若無人という語はこの男のために・・・ 森鴎外 「空車」
出典:青空文庫