・・・博士の功績を表彰した学士会院とその表彰をあくまで緊張して報道する事を忘れなかった都下の各新聞は、久しぶりにといわんよりはむしろ初めて、純粋の科学者に対して、政客、軍人、及び実業家に譲らぬ注意を一般社会から要求した。学問のためにも賀すべき事で・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・時としては方便の道具として酒や女を用いても好いくらいのものでしょう。実業家などがむずかしい相談をするのにかえって見当違の待合などで落合って要領を得ているのも、全く酒色という人間の窮屈を融かし合う機械の具った場所で、その影響の下に、角の取れた・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・其内外の趣意を濫用して、男子の戸外に奔走するは実業経営社会交際の為めのみに非ず、其経営交際を名にして酒を飲み花柳に戯るゝ者こそ多けれ。朝野の貴顕紳士と称する俗輩が、何々の集会宴会と唱えて相会するは、果して実際の議事、真実の交際の為めに必要な・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ されば、工商または政治家は、その所得の学問を人間の実業に利用する者にして、学者は生涯学問をもって業となす者なり。前にもいえる如く、政治の国のために大切なるは、学問の大切なるに異ならず。政治学、日に進歩せざるべからず。国民全体に政治の思・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・そしたら、学術的に心持を培養する学理は解らんでも、その技術を獲ることは出来やせんか、と云うので、最初は方面を撰んで、実業が最も良かろうと見当を付けた。それで、実業家と成ろうと大分焦った。が併し私の露語を離れ離れにしては実業に入れぬから、露国・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・実は本年は不思議に実業志望が多ございまして、十三人の卒業生中、十二人まで郷里に帰って勤労に従事いたして居ります。ただ一人だけ大谷地大学校の入学試験を受けまして、それがいかにもうまく通りましたので、へい。」 全く私の予想通りでした。 ・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・文学は、当時の軍人、官吏、実業家の中心問題をその中心課題とすべきだという「大人の文学論」。客観的には、批判の精神を否定して、「知らしむべからず、よらしむべし」の全体主義文化政策に知識人が屈従するための合理化となった「文化平衡論」。「文学の非・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・をつくるために、林氏は自分たちのように真面目な一群の作家が、すべからく率先して指導的地位にある官吏、軍人、実業家が今日彼等の中心問題としていることを文壇の中心問題として根気よく提唱しなければならないといっているのである。 複雑な生活・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・深淵と云う人は大きい官員にはない。実業家にもまだ聞かない。どんな身の上の人だろうと疑っている。そのうち誰やらがどこからか聞き出して来て、あれは戦争の時満洲で金を儲けた人だそうだと云う。それで物珍らしがる人達が安心した。 建築の出来上がっ・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・ 漱石は『吾輩は猫である』のなかで、金持ちの実業家やそれに近づいて行くものを痛烈にやっつけている。また西園寺首相の招待を断わって新聞をにぎわせた。そういうことから私たちは漱石が権門富貴に近づくことをいさぎよしとしない人であるように思い込・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫