・・・――彼女はふと女学校の教科書にそんなことも書いてあったように感じ、早速用箪笥の抽斗から古い家政読本を二冊出した。それ等の本はいつの間にか手ずれの痕さえ煤けていた。のみならずまた争われない過去の匂を放っていた。たね子は細い膝の上にそれ等の本を・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・世には、我が子が、病気の時にも、自から看護をせず、看護婦や、家政婦の如き、人手を頼んでこれに委して、平気でいるものがないではない。その方が手がとゞくからという考えが伏在するからです。金というものがいかばかり人間の魂を堕落に導いたか知れない。・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・ 細君が生きていた頃は、送って来る為替や小切手など、細君がちゃんと払出を受けていたのだが、細君が死んで、六十八歳の文盲の家政婦と二人で暮すようになると、もう為替や小切手などいつまでも放ったらかしである。 近所に郵便局があるので、取り・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ であるから正作が西国立志編を読み初めたころは、その家政はよほど困難であったに違いない。けれどもその家庭にはいつも多少の山気が浮動していたという証拠には、正作がある日僕に向かって、宅には田中鶴吉の手紙があると得意らしく語ったことがある。・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ 古より家政などいう熟字あり。政の字は政府に限らざることあきらかに知るべし。結局政府に限りて人民の私に行うべからざる政は、裁判の政なり、兵馬の政なり、和戦の政なり、租税の政なり、この他わずかに数カ条にすぎず。 されば人民たる者が一国・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ ふき子はお対手兼家政婦の岡本が引込んでいる裏座敷の方を悩ましそうに見ながら訴えた。「弱いんじゃない?」「さあ……女中と喧嘩して私帰らしていただきますなんていうの」 岡本が、蒼白い平らな顔に髪を引束ねた姿で紅茶を運んで来た。・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・実生活の困難がますます加わって来るにつれて、男は妻をますます家政の守りとして求め、その求めてゆく心にいつしか日本の社会の古い古い陰翳が落ちて、新しい世代の賢さから生れる家政上手に信頼をつなごうとするより、そのことではむしろ旧套にたよった守勢・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・女の学生には「家政証」を制定することとを思いあわせ、私は自分もひとりの女として胸におさめ切れぬ何ものかを感じるのです。 人間というものは自身の生きている現実からのがれ切れるものではありません。のがれ切れない以上、その現実に腰を据えてそれ・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・すこし年嵩な青年たちはこういう話をきくにつけても身体の健康な、家政になれた女性を妻としなければ、とてもこれからは、やって行けないという感想を抱くだろうと思う。その場合、家政のうまさということの内容を、昔ながらの女のつつましさや自己犠牲という・・・ 宮本百合子 「家庭と学生」
・・・ 女の人が、総体経済家で、きれいずきで、家政的に育て上げられているのは、一寸傍から見れば、共に生活する男の人の幸福のようだが、右を向いても左を向いても、母、妻、姉妹皆同一の型でちんまり纏っているとうんざりと見え、京都の男は遊ぶ。 遊・・・ 宮本百合子 「京都人の生活」
出典:青空文庫