・・・夫が繁忙なれば之に代りて手紙往復の必要あり、殊に其病気の時など医師に容体を報じて来診を乞い薬を求むるが如き、妻たる者の義務なり。然るを如何なる用事あるも文を通わす可らずとは、我輩は之を女子の教訓と認めず、天下の奇談として一笑に附し去るのみ。・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・余は四、五日前より容態が急に変って、今までも殆ど動かす事の出来なかった両脚が俄に水を持ったように膨れ上って一分も五厘も動かす事が出来なくなったのである。そろりそろりと臑皿の下へ手をあてごうて動かして見ようとすると、大磐石の如く落着いた脚は非・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・折よく連の人が来たので、自分の容態を話し、とても人力には乗れぬから釣台を周旋してくれまいかと頼んだ。その人は快く承諾して、他の連と相談した上で一人を介抱のために残して置いて出て往た。このさいに自分が同行者の親切なる介抱と周旋とを受けた事は深・・・ 正岡子規 「病」
・・・ 明る朝は誰も彼も起きぬけに宮部の容態を気にしあって、夜中に二度ほど行って氷をとりかえてやった女中は、そこいら中で捕えられて喋らされた。 いつ行っても、天井を見て起きて居るんでございます。 きっと一晩中まんじりともしなかった・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・ 今野の容態は益々わるい。中耳炎ときまった。自分は、永久に日光が射し込まない奥のゴザ一枚はいつもジットリ穢れでしめっぽい監房の中を歩きながら指を折って日を数えた。こんな状態で二十七日までもつであろうか? 夜になると保護室の格子の・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 耕一や千世子が母の容体につき無頓着そうにしているのが頼りない変な心持をなほ子に起させた。「何だかすーすー寒いね、障子閉めとくれな」 まさ子は、小さい娘がいなくなると、細かく容体をなほ子に話した。なほ子はそれを聞かない前より不安・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・三月十七日に容態が次第に重くなって、忠利が「あの懸物をかけえ」と言った。長十郎はそれをかけた。忠利はそれを一目見て、しばらく瞑目していた。それから忠利が「足がだるい」と言った。長十郎は掻巻の裾をしずかにまくって、忠利の足をさすりながら、忠利・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 花房は八犬伝の犬塚信乃の容体に、少しも破傷風らしい処が無かったのを思い出して、心の中に可笑しく思った。 傍にいた両親の交る交る話すのを聞けば、この大切な一人息子は、夏になってから毎日裏の池で泳いでいたということである。体中に掻きむ・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・佐藤が色々容態を問うて見ても、只繰り返して一枚板になったというばかりで、その外にはなんにも言わない。言うすべを知らないのであろう。翁は聞いて、丁度暑中休みで帰っていた花房に、なんだか分からないが、余り珍らしい話だから、往って見る気は無いかと・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・御容体が悪くたって、その方が好うございますわ。あちらは春の初には、なんでも物悲しゅうございますの。人間の生も死も。」声は闇の中から聞えるのである。フィンクは聞きながら、少し体を動かした。「なんでも疲れた人、病気な人は内にいるに限りますよ。」・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫