・・・ところが、その日は、小姓の手から神酒を入れた瓶子を二つ、三宝へのせたまま受取って、それを神前へ備えようとすると、どうした拍子か瓶子は二つとも倒れて、神酒が外へこぼれてしまった。その時は、さすがに一同、思わず顔色を変えたと云う事である。・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・しかし、お小姓に、太刀のように鉄砲を持たしていれば、大将様だ。大方、魔ものか、変化にでも挨拶に行くのだろう、と言うんです。 魔ものだの、変化だのに、挨拶は変だ、と思ったが、あとで気がつくと、女連は、うわさのある怪しいことに、恐しく怯えて・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ なかにも、これはちいッと私が知己の者の維新前後の話だけれども、一人、踊で奉公をして、下谷辺のあるお大名の奥で、お小姓を勤めたのがね、ある晩お相手から下って、部屋へ、平生よりは夜が更けていたんだから、早速お勤の衣裳を脱いでちゃんと伸して・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・、いまは焼けてしまったが、ここの油屋は昔の宿場の本陣そのままの姿を残し、堀辰雄氏、室生犀星氏、佐藤春夫氏その他多くの作家が好んでこの油屋へ泊りに来て、ことに堀辰雄氏などは一年中の大半をここの大名部屋か小姓の部屋かですごしていたくらい、伊豆湯・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・あるべきはずの浴衣はなかった。小姓の波ははかべは浴衣を取りに行った。月もない二十三日の夕風は颯と起った。右筆の戸倉二郎というものは突と跳り込んだ。波伯部が帰って来た時、戸倉は血刀を揮って切付けた。身をかわして薄手だけで遁れた。 翌日は戦・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ カラクリの爺は眼のくさった元気のない男で、盲目の歌うような物悲しい声で、「本郷駒込吉祥寺八百屋のお七はお小姓の吉三に惚れて……。」と節をつけて歌いながら、カラクリの絵板につけた綱を引張っていたが、辻講釈の方は歯こそ抜けておれ眼付のこわ・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・佐橋甚五郎が小姓だったとき同じ小姓の蜂谷を殺害したそのいきさつも、その償として甲斐の甘利の寝首を掻いた前後のいきさつも、主人である家康の命には決してそむいていないのだが、やりかたに何とも云えぬ冷酷鋭利なところがあって、家康は手放しては使いた・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 居る女達は、皆、私が絵で好いて居るゆったりと見事な身の廻りをして、小姓に長いスカートをかかげさせて、左の掌に白い羽根の扇をのせてしとやかに動いて居る。 あっちの根元に立派なホールがあって、集った人達が笛を吹いたり※イオリンを鳴らし・・・ 宮本百合子 「草の根元」
・・・ですからちょっと気に入らなければ、お小姓が茶碗を割ったといって首を斬られますし、お菊みたいにお皿が割れたといってお化けになるほどいじめて殺されるほどの目にもあわなければならなかったけれども、明治の世にいくらか近代の国家になりましてから、とに・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・中央の大きな扉が音もなく左右に開き真赤のビロードの着物に同色の靴、髪を肩までのばした十七八の小姓が二人左右から扉を押える様にして、片手ヲ胸にしてひざまずく。二人青い着物に同色の靴の香炉持。後からヘンリー四世。緋の外套に宝石の・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫