・・・道悪を七八丁飯田町の河岸のほうへ歩いて暗い狭い路地をはいると突き当たりにブリキ葺の棟の低い家がある。もう雨戸が引きよせてある。 たどり着いて、それでも思い切って、「弁公、家か。」「たれだい。」と内からすぐ返事がした。「文公だ・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・そして、対岸の河岸が、三十メートル突きだして、ゆるく曲線を描いている関係から、舟は、流れの中へ放りだせば、ひとりでに流れに押されて、こちらの河岸へ吸いつけられるようにやってくる。地理的関係がめぐまれていた。支那人は、警戒兵が寝静まったころを・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・岡釣でも本所、深川、真鍋河岸や万年のあたりでまごまごした人とも思われねえ、あれは上の方の向島か、もっと上の方の岡釣師ですな。」 「なるほど勘が好い、どうもお前うまいことを言う、そして。」 「なアに、あれは何でもございませんよ、中気に・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・りますると銭金を帳面のほかなる隠れ遊び、出が道明ゆえ厭かは知らねど類のないのを着て下されとの心中立てこの冬吉に似た冬吉がよそにも出来まいものでもないと新道一面に気を廻し二日三日と音信の絶えてない折々は河岸の内儀へお頼みでござりますと月始めに・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・それには河岸から買って来た魚の名が並べ記してある。長い月日の間、私はこんな主婦の役をも兼ねて来て、好ききらいの多い子供らのために毎日の総菜を考えることも日課の一つのようになっていた。「待てよ。おれはどうでもいいが、送別会のおつきあいに鮎・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 浜町や蔵前あたりの川岸で、火におわれて、いかだの上なぞへとびこんだ人々の中には、夜どおし火の風をあびつづけて、生きた思いもなく、こごまっていた人もあり、中にはくびのあたりまで水につかって、火の子が来るともぐりこみ、もぐりこみして、七、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・そよ風になびく旗、河岸や橋につながれた小舟、今日こそ聖ヨハネの祭日だという事が察せられます。 ところがそこには人の子一人おりません。二人はまず店に買い物に行って、そこでむすめは何か飲むつもりでしたが、店はみんなしまっていました。「マ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・スバーは部屋を脱け出し、懐しい川岸の、草深い堤に身を投げ伏せました。まるで、彼女にとっては強い、無口な母のようにも思われる「大地」に腕を巻きつけて、「どうぞ、お母さん、私を行かせないで下さいまし。貴女のお手で、私を確かり抱いて頂戴。斯う・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・メロスは川岸にうずくまり、男泣きに泣きながらゼウスに手を挙げて哀願した。「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・これに引きかえて、発戸河岸の松原あたりは、実際行ってみて知っているので、その地方を旅行した人たちからよくほめられた。 刀根川の土手の上の草花の名をならべた一章、これを見ると、いかにも作者は植物通らしいが、これは『日記』に書いてあるままを・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
出典:青空文庫