・・・ ほかの少年らも驚いて、豊吉を怪しそうに見て、急に糸を巻くやら籠を上げるやら、こそこそと逃げていってしまった。 豊吉はあきれ返って、ぼんやり立って、少年らの駆けて行く後ろ影を見送った。『上田の豊さんが帰ったそうだ』と彼を記憶・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・巻脚絆を巻くのがおそく、整列におくれて、たび/\一緒に聯隊本部一週の早駈けをやらされたものだ。「おい、おい!」 栗本は橇の上から呼びかけた。 田口は看護長の返事を待ちながら、傷病者がうまく橇に身を合わそうとがた/\やっているのを・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ ツネちゃんが箱のねじを巻くと、雀は、カッタンカッタンと左右に動きはじめる。僕はねらいをつけた。引金をひく。 カッタンカッタン。 当らないのだ。「どうしたの?」とツネちゃんは、僕がたいてい最初の一発でしとめるのを知っているの・・・ 太宰治 「雀」
・・・「舌を巻く。」「舌そよぐ。」まんざい 私のいう掛合いまんざいとは、たとえば、つぎの如きものを指して言うのである。 問。「君はいったい、誰に見せようとして、紅と鉄漿とをつけているのであるか。」 答。「みんな、様ゆえ。お・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・これが乾くと西風が砂を捲く。この泥に重い靴を引きずり、この西風に逆らうだけでも頬が落ちて眼が血走る。東京はせちがらい。君は田舎が退屈だと言って来た。この頃は定めてますます肥ったろう。僕は毎日同じ帽子同じ洋服で同じ事をやりに出て同じ刻限に家に・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・この綿打ち作業は一度も見たことはないが、話に聞いたところでは、鯨の筋を張った弓の弦で綿の小団塊を根気よくたたいてたたきほごしてその繊維を一度空中に飛散させ、それを沈積させて薄膜状としたのを、巻き紙を巻くように巻いて円筒状とするのだそうである・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・ ついでながら、切り立ての鋏穴の縁辺は截然として角立っているが、揉んで拡がった穴の周囲は毛端立ってぼやけあるいは捲くれて、多少の手垢や脂汗に汚れている。それでも多くの場合に原形の跡形だけは止めている。それでもしこのように揉んだ痕跡があっ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・は水の渦を巻く義。手結 「タイ」森。これではないらしい。あるいは「ツイ」切れるか。ビルマでは「テー」砂。出雲の手結とは必ずしも同じではないかもしれぬ。津呂 「ツル」は突き出る。二箇所の津呂いずれも国の突端に近い。以布利 バタク語・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・何者か因果の波を一たび起してより、万頃の乱れは永劫を極めて尽きざるを、渦捲く中に頭をも、手をも、足をも攫われて、行くわれの果は知らず。かかる人を賢しといわば、高き台に一人を住み古りて、しろかねの白き光りの、表とも裏とも分ちがたきあたりに、幻・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・白き腕のすらりと絹をすべりて、抑えたる冠の光りの下には、渦を巻く髪の毛の、珠の輪には抑えがたくて、頬のあたりに靡きつつ洩れかかる。肩にあつまる薄紅の衣の袖は、胸を過ぎてより豊かなる襞を描がいて、裾は強けれども剛からざる線を三筋ほど床の上まで・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫