・・・善吉は窓の障子を閉めて、吉里と火鉢を挾んで坐り、寒そうに懐手をしている。 洗い物をして来たお熊は、室の内に入りながら、「おや、もうお起きなすッたんですか。もすこしお臥ッてらッしゃればいいのに」と、持ッて来た茶碗小皿などを茶棚へしまいかけ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・それからピエエルは体を楽にして据わり直して、手紙を披いて読んだ。 ―――――――――――――――――――― イソダン。五月二十三日。 なぜわたくしは今日あなたに出し抜けに手紙を上げようと決心いたしたのでしょう・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ははあ、また出て来て、庭で方々へ坐りました。あのアポルロの石像のある処の腰掛に腰を掛ける奴もあり、井戸の脇の小蔭に蹲む奴もあり、一人はあのスフィンクスの像に腰を掛けました。丁度タクススの樹の蔭になって好くは見えません。主人。皆な男かい。・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 象はのそのそ鍛冶場へ行って、べたんと肢を折って座り、ふいごの代りに半日炭を吹いたのだ。 その晩、象は象小屋で、七把の藁をたべながら、空の五日の月を見て「ああ、つかれたな、うれしいな、サンタマリア」と斯う言った。 どうだ、そ・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・そして、行儀よく坐り、真面目な面持ちで鮮やかに其等を皆食べて仕舞うのであった。「仕様がないじゃあないか、あれでは」 到頭、彼が言葉に出した。「置けまい?」「――だけれど、もう三十日よ」 さほ子は、良人の顔を見た。彼は目を・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・おっしゃるのではございません。ただ黙って妙な顔をしてわたくしを困らせていらっしゃいましたの。顔ばかりではございませんの。妙な為打をなさるのですもの。お据わりになったかと思えば、すぐお立ちになる。またお据わりになる。戸の外へおいでになったかと・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・そのくせに坐り丈はなかなかあッて、そして(少女の手弱腕首が大層太く、その上に人を見る眼光が……眼は脹目縁を持ッていながら……、難を言えば、凄い……でもない……やさしくない。ただ肉が肥えて腮にやわらかい段を立たせ、眉が美事で自然に顔を引き立た・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・が、またすぐ坐り直し、玄関の戸を開け加減の音を聞いていた。この戸の音と足音と一致していないときは、梶は自分から出て行かない習慣があったからである。間もなく戸が開けられた。「御免下さい。」 初めから声まで今日の客は、すべて一貫したリズ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・あそこで大きな白熊がうろつき、ピングィン鳥が尻を据えて坐り、光って漂い歩く氷の宮殿のあたりに、昔話にありそうな海象が群がっている。あそこにまた昔話の磁石の山が、舟の釘を吸い寄せるように、探険家の心を始終引き付けている地極の秘密が眠っている。・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・女の人形には足はないが、ただ着物の裾の動かし方一つで坐りもすれば歩きもする。このように人形使いは、ただ着物だけで、優艶な肉体でも剛強な肉体でも現わし得るのである。ここまでくると我々は「人形」という概念をすっかり変えなくてはならなくなる。ここ・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫