・・・馬鹿律義なものに厭味も利いた風もありようはない。そこに重厚な好所があるとすれば、子規の画はまさに働きのない愚直ものの旨さである。けれども一線一画の瞬間作用で、優に始末をつけられべき特長を、とっさに弁ずる手際がないために、やむをえず省略の捷径・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・だから現今ぴんぴん生息している人間は皆不正直もので、律義な連中はとくの昔に、汽車に引かれたり、川へ落ちたり、巡査につかまったりして、ことごとく死んでしまったと御承知になれば大した間違はありません。 すでに空間ができ、時間ができれば意識を・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・しかも田舎にて昔なれば藩士の律儀なる者か、今なれば豪家の秘蔵息子にして、生来浮世の空気に触るること少なき者に限るが如し。これらの例をかぞうれば枚挙にいとまあらず。あまねく人の知るところにして、いずれも皆人生奇異を好みて明識を失うの事実を証す・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・(脚(若いがら律儀嘉吉はまたゆっくりくつろいでうすぐろいてんを砕いて醤油につけて食った。 おみちは娘のような顔いろでまだぼんやりしたように座っていた。それは嘉吉がおみちを知ってからわずかに二度だけ見た表情であった。(おらにもああいう・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・如何に律義な祖父でも自分一人繻珍のズボンでは困ったろう。仲間がきっとあったにちがいない。細君の丸帯から出来た繻珍ズボンをはいて、謹厳な面持で錦絵によくある房附きの赤天鵞絨ばりの椅子にでもかけていただろう祖父の恰好を想像すると、明治とともに心・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・おとなしい日本のカメラは律儀にその人々にお辞儀をして、早口にものを云って、さっさときりあげて出て来る。ああここにはこういう生活がある、とその生活の姿に芸術の心をつかまれてグルリ、グルリと執拗にカメラの眼玉を転廻させ、その対象となる人々も、さ・・・ 宮本百合子 「「保姆」の印象」
出典:青空文庫