・・・将軍は副官や軍参謀と、ちょうど何かの打ち合せのため、旅団長を尋ねて来ていたのだった。「露探か?」 将軍はこう尋ねたまま、支那人の前に足を止めた。そうして彼等の裸姿へ、じっと鋭い眼を注いだ。後にある亜米利加人が、この有名な将軍の眼には・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・それからその実行上の打合せをするために、明日中にお敏さんに逢って置きたい、――と云うのが第三の難関だろう。そこでこの第三の難関はだね。第一第二の難関さえ切り抜けられりゃ、どうにでもなると思うんだ。」と、自信があるらしい口調で云うのです。新蔵・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・そして涙を拭いもあえず、静かに床からすべり出た。打合せておいた時刻が来たのだ。安息日が過ぎて神聖月曜日が来たのだ。クララは床から下り立つと昨日堂母に着て行ったベネチヤの白絹を着ようとした。それは花嫁にふさわしい色だった。しかし見ると大椅子の・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・と二筋を花がけにしてこれが昼過ぎに出来たので、衣服は薄お納戸の棒縞糸織の袷、薄紫の裾廻し、唐繻子の襟を掛て、赤地に白菊の半襟、緋鹿の子の腰巻、朱鷺色の扱帯をきりきりと巻いて、萌黄繻子と緋の板じめ縮緬を打合せの帯、結目を小さく、心を入れないで・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・何か打合せがあって、密と目をつけていたものでもあると見えます。お米はそのまんま、手が震えて、足がふらついて、わなわなして、急に熱でも出たように、部屋へ下って臥りましたそうな。お昼過からは早や、お邸中寄ると触ると、ひそひそ話。 高い声では・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ぱちん留が少し摺って、……薄いが膨りとある胸を、緋鹿子の下〆が、八ツ口から溢れたように打合わせの繻子を覗く。 その間に、きりりと挟んだ、煙管筒? ではない。象牙骨の女扇を挿している。 今圧えた手は、帯が弛んだのではなく、その扇子を、・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・その日の打ち合わせを書いたほかに、僕は文楽が大好きです、ことに文三の人形はあなたにも是非見せてあげたいなどとあり、そのみみずが這うような文字で書かれた手紙が改めていやになった。それに文三とは誰だろう。そんな人形使いはいない。たぶん文五郎と栄・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・此れ等の打合せをしようにも、二人が病人の傍を離れる事は到底不可能な事、まして、小声でなんか言おうものなら、例の耳が決して逃してはおきません。 其夜、看護婦は徹夜をしました。私は一時間程横になりましたが、酸素が切れたので買いに走りました。・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・軍医と何か打合せをしていた伍長が、扉のすきから獰猛な顔を出して、兵舎の彼に呼びかけた。「君は本当に偽物だとは知らずに使ったんかね?」「そうです。」彼は答えた。「うそを云っちゃいかんぞ!」「うそじゃありません。」「どこへも・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・この旅には私は末子を連れて行こうとしていたばかりでなく、青山の親戚が嫂に姪に姪の子供に三人までも同行したいという相談を受けていたので、いろいろ打ち合わせをして置く必要もあったからで。待ち受けた太郎からのはがきを受け取って見ると、四月の十五日・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫