・・・従ってまた人物も、顔は役者のごとくのっぺりしていて、髪は油絵の具のごとくてらてらしていて、声はヴァイオリンのごとく優しくって、言葉は詩のごとく気が利いていて、女を口説く事は歌骨牌をとるごとく敏捷で、金を借り倒す事は薩摩琵琶をうたうごとく勇壮・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・藍色の夏服を着た、敏捷そうな奴である、ボイは、黙って、脇にかかえていた新聞の一束を、テーブルの上へのせる。そうして、直また、扉の向うへ消えてしまう。 その後で角顋は、朝日の灰を落しながら、新聞の一枚をとりあげた。楔形文字のような、妙な字・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・――わッと群集の騒いだ時、……堪らぬ、と飛上って、紫玉を圧えて、生命を取留めたのもこの下男で、同時に狩衣を剥ぎ、緋の袴の紐を引解いたのも――鎌倉殿のためには敏捷な、忠義な奴で――この下男である。 雨はもとより、風どころか、余の人出に、大・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・あたかも私の友人の家で純粋セッター種の仔が生れたので、或る時セッター種の深い長い艶々した天鵞絨よりも美くしい毛並と、性質が怜悧で敏捷こく、勇気に富みながら平生は沈着いて鷹揚である咄をして、一匹仔犬を世話をしようかというと、苦々しい顔をして、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 小さな白鳥は、はじめて、これによって、敏捷な、本性を目ざめさせられたのです。こののち、どんなときに、油断をしてはならないかということを知りました。 春もすぎて、夏のころには、魚の子供は、もう、大きくなりました。やがて、お母さんにな・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・その正確な敏捷さは見ていておもしろかった。「お前達は並んでアラビア兵のようだ」「そや、バグダッドの祭のようだ」「腹が第一滅っていたんだな」 ずらっと並んだ洋酒の壜を見ながら自分は少し麦酒の酔いを覚えていた。 ・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・「おい、浜田、どうしたんだい?」 何かあったと気づいた大西は、宿舎に這入ると、見張台からおりている浜田にたずねた。「敏捷な支那人だ! いつのまにか宿舎へ××を×いて行ってるんだ。」「どんな××だ?」「すっかり特さんが、持・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・しかし、せいが高いので寧ろ痩せて見える敏捷らしい男だった。 見たところ、彼は、日本の兵タイなど面倒くさい、大砲で皆殺しにしてしまいたいと思っているらしかった。 それが目的格をとっかえて表現されているのだった。 中隊長は、通訳から・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・人の悪い、目さきのきく、敏捷な男が、うまいことをやった。薪問屋は、石炭問屋に変り、鶏買いは豚買いに変った。それでうまいことをやった。いつまでも、薪問屋ばかりをやっている人間は、しまいには山の樹がなくなって、商売をやめなければならなくなってい・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・きかぬ気で敏捷だった。そして、如何にも子供らしい脆弱な京一は仕事の上で留吉と比較にならなかった。 京一は、第一、醸造場のいろいろな器具の名前を皆目知らなかった。槽を使う(諸味を醤油袋に入れて搾り槽時に諸味を汲む桃桶を持って来いと云われて・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
出典:青空文庫