・・・緑雨のデリケートな江戸趣味からは言文一致の飜訳調子の新文体の或るものは気障であったり、或るものは田舎臭かったりして堪らなかったようだ。 が、緑雨の傑作はやはり『油地獄』と『雨蛙』であろう。この二つはいずれも緑雨自身の不得意とする作で、人・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・この問題が定まれば乃ちその目的を達するに最も近い最も適する文章が自ずから将来の文体となるのである――」という趣旨であった。 この答には私は意外の感に打たれた。当時私はスペンサーの文体論を初め二、三の著名な文章説を読んでいたが、こういう意・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・それである歴史家がいうたに「イギリス人の書いたもので歴史的の叙事、ものを説き明した文体からいえば、カーライルの『フランス革命史』がたぶん一番といってもよいであろう、もし一番でなければ一番のなかに入るべきものである」ということであります。それ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・その文体が、そこにあらわれた趣味、考え方が、どうしても、ぴたりと心に合致しないのです。私は、書物は独立した一個の存在であると信じています。そこには、著者の個性があり、また感情があります。従って、これを好むと好まざるとは、互の素質に因らなけれ・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・文人は文人で自己流の文章を尺度にしてキチンと文体を定めたがッたり、実に馬鹿馬鹿しい想像をもッているのが多いから情ないのサ。親父は親父の了簡で家をキチンと治めたがり、息子は息子の了簡で世を渡りたがるのだからね。自己が大能力があッたら乱雑の世界・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・私は、日本の或る老大家の文体をそっくりそのまま借りて来て、私、太宰治を語らせてやろうと企てた。自己喪失症とやらの私には、他人の口を借りなければ、われに就いて、一言一句も語れなかった。たち拠らば大樹の陰、たとえば鴎外、森林太郎、かれの年少の友・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・非常に、失礼な手紙だと思います。文体もあやふやで申しわけありません。でもほっとしています。明日の朝になれば、だせなくなるといけませんから、すぐだします。おひまのときに、おたより、いただけたらと思います。おからだお大事にねがいます。斎藤武夫拝・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・「文体」という雑誌に載っていたあなたの短い小説を読んでから、それから、あなたの作品を捜して読む癖がついて、いろいろ読んでいるうちに、あなたが私の中学校の先輩であり、またあなたは中学時代に青森の寺町の豊田さんのお宅にいらしたのだと言う事を知り・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・このような不思議な世界に読者を導き入れるためには、特殊な手段を要することは勿論で、この種の作品がその資料を遠い過去や異郷に採るのみならず、その文体や用語に特別な選択をするを便利とする所以もまたここに在るのではあるまいか。 以上はただ典型・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・ありとあらゆる作者のあらゆる文体の見本が百貨店の飾棚のごとく並べられてある。今の生徒は『徒然草』や『大鏡』などをぶっ通しに読まされた時代の「こく」のある退屈さを知らない代りに、頭に沁みる何物も得られないかもしれない。 自分等が商売がら・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
出典:青空文庫