・・・けだし我が輩の所見にて、開知・修身の道は、洋学によらざれば、他に求むべき方便を知らず。歴史を読みて、その実証を見るべし。世の士君子、もしこの順席を錯て、他に治国の法を求めなば、時日を経るにしたがい、意外の故障を生じ、不得止して悪政を施すの場・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ 今消極の憂を憂てこれを防ぐにもせよ、積極の利を謀てこれを求るにもせよ、旧藩地にて有力なる人物は必ずこれを心配することならん、またこれを心配して実地に従事するについては様々の方便もあらん、また様々の差支もあらん、不如意は人生の常にしてこ・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・をいとう者とて、天下後世の評論を受け、あるいはその寃を訴うるによしなきを知るべからずといえども、偶然に今日の事実を見ればこそ、前年に乱を好みしは、その心事の本色に非ず、その乱はただ改めて治安をいたすの方便たりしとの事実も、はじめて明白なるを・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・だからこの格言は又『正直は最良の方便なり』とも云われます。」 先生は黒板へ向いて、前のにならべて今の格言を書きました。 生徒はみんなきちんと手を膝において耳を尖らせて聞いていましたが、この時一斉にペンをとって黒板の字を書きとりま・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・「そいでもね、時には嘘も方便ですよ。ね、世の中を正直一方に通したら十日立たないうちに乞食になってしまう時なんですよ。貴方みたいな人の好い事ばかり云って居る人は、自分の首をちょんぎられても御礼を云うんでしょう。 馬鹿馬鹿しい。 ほ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・三田村たちが非合法活動の方便に名をかりて、放蕩していたことはすべての文献にのこっている。今日封建性に反対するという名目で私たちの間に性的な放恣がないであろうか。インフレーションはたれの経済生活をもうちこわしている。インフレーションに名をかり・・・ 宮本百合子 「共産党とモラル」
・・・いじらしい人間の心を食い、無事息災をいのる心でたつきを立てるならば、せめて、年よりの足にたやすい方便を考えてもよいだろう。こういう願かけに、義弟の尊い生命の安危をたくしかねる私の心は、素朴な憤りにふるえた。こういうあわれな仕草で、自分の思い・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・シニョーリーナ・ドン・キホーテは、たださえその忍耐のゆえで褒めらるべき釣を、更に道徳的価値ある自己鍛練の方便としているのだ。彼女は、私より少し年上なだけ、少し早く眼を醒ます。私は眠い、眠い。部屋数がないから、彼女は早く起きても自分だけ自由な・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・利のために働かず、任務自身のための任務をつくして来た父から見ると、現在の政治家のように利のために動いて国家のための任務をその方便としている人間は、腐敗したものの骨頂である。例えば原敬のごときに対しては奸獰邪智の梟雄として心から憎悪を抱いてい・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・ある人は僧侶が製作する理由を、儀規に通ずるゆえと伝道の方便のゆえとに帰して説明したが、その種の理由は人をして芸術家たらしめるに何の効もあるまい。芸術家は、ただ知識と功利的目的とによってのみ製作欲を起こし得るほど、いい加減なものではないのであ・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫