・・・「そちは最前は依怙は致さぬ、致す訣もないと申したようじゃが、……」「そのことは今も変りませぬ。」 三右衛門は一言ずつ考えながら、述懐するように話し続けた。「わたくしの依怙と申すのはそう云うことではございませぬ。ことさらに数馬・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・裾を高くはしょり霜月の十八日の夜の道を宵なので月もなく推量してたどって行くと脇道から人の足音がかるくたちどまったかと思うと大男が槍のさやをはらってとびかかるのをびっくりして逃げる時にふりかえって見ると最前情をかけてくれた亭主である。出家は言・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・君が正装をしているのに私はこんな服でと先生が最前云われた時、正装の二字を痛み入るばかりであったが、なるほど洗い立ての白いものが手と首に着いているのが正装なら、余の方が先生よりもよほど正装であった。 余は先生に一人で淋しくはありませんかと・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・私は最前空間、時間の建立からして、物我の二世界を作ると申しました。その物なるものは自然である、人間である、神であると申しました。このうちで神は感覚的なものでないから問題になりません。もし文芸に神が出現するときは感覚的な或物を通じてくるの・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・唇がむずむずと動く。最前男の子にダッドレーの紋章を説明した時と寸分違わぬ。やがて首を少し傾けて「わが夫ギルドフォード・ダッドレーはすでに神の国に行ってか」と聞く。肩を揺り越した一握りの髪が軽くうねりを打つ。坊さんは「知り申さぬ」と答えて「ま・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・非役の輩は固より智力もなく、かつ生計の内職に役せられて、衣食以上のことに心を関するを得ずして日一日を送りしことなるが、二、三十年以来、下士の内職なるもの漸く繁盛を致し、最前はただ杉檜の指物膳箱などを製し、元結の紙糸を捻る等に過ぎざりしもの、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・特に、民衆の個性、自発性の涵養の問題は常にソヴェトにおける文化問題の究明に際して最前面に出されているのであるから。彼は、それらの現象の本質の把握において誤ったことで遂に全体さえも誤ってしまった。 更に、ジイドの混乱の心理的原因として、旅・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・アグネスは、結婚の腐敗から女を救い、よりましな結婚を存在させる社会をつくるためには、一組一組ずつの結婚生活が、今日の現実の中で、最前をつくしてよりましなものにする努力に於て営まれてゆかなければならないという事実を、全く考えて見ようとも思って・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
出典:青空文庫