・・・では斯うするさ――僕が今、君に尺八を買うだけの金を上げるから粗末な竹でも何でもいい、一本手に入れて、それを吹いて、それから旅をする、ということにしたまえ――兎に角これだけあったら譲って呉れるだろう――それ十銭上げる。」 斯う言って、そこ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・ 立って、二階から降り、あきらめきれず、むらむらと憎しみが燃えて逆上し、店の肉切庖丁を一本手にとって、「姉さんが要るそうだ。貸して。」 と言い捨て階段をかけ上り、いきなり、やった。 姉は声も立てずにたおれ、血は噴出して鶴の顔・・・ 太宰治 「犯人」
・・・島へ行ってみますまでは、どんな仕事ができるかわかりませんが、わたくしはこの二百文を島でする仕事の本手にしようと楽しんでおります。」こう言って、喜助は口をつぐんだ。 庄兵衛は「うん、そうかい」とは言ったが、聞く事ごとにあまり意表に出たので・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫