たけだかつより【武田勝頼】
[1546〜1582]戦国時代の武将。信玄の子。父の没後、その領国を継いで織田・徳川と対立。長篠 (ながしの) の戦いに大敗。織田信長に攻められて天目山麓で自刃。
たけだこううんさい【武田耕雲斎】
[1803〜1865]江戸末期の勤王家。水戸藩士。名は正生。徳川斉昭 (とくがわなりあき) に仕え、家老。尊攘派の筑波山挙兵を助け、天狗 (てんぐ) 党の首領となり、同志を率いて上洛の途中、加賀藩に降伏。敦賀 (つるが) で斬首された。→筑波山事件
たけだしんげん【武田信玄】
[1521〜1573]戦国時代の武将。名は晴信。信玄は法名。父信虎を廃して甲斐 (かい) の守護となり、信濃一円を制し、上杉謙信と対立、数度に及び川中島で合戦。のち、京都進出を企てて三方ヶ原で徳川家康を破り、三河に入ったが、陣中で病死。「信玄家法(甲州法度)」の制定、信玄堤の名で知られる治水工事など、領国経営にも尽くした。 新田次郎による長編の歴史小説。昭和40年(1965)から昭和48年(1973)まで、「歴史読本」誌にて連載。昭和44年(1969)から昭和48年(1973)にかけて、「風の巻」「林の巻」「火の巻」「山の巻」の全4冊を刊行。昭和63年(1988)放送のNHK大河ドラマの原作としても知られる。
たけだたいじゅん【武田泰淳】
[1912〜1976]小説家。東京の生まれ。「蝮 (まむし) のすゑ」などによって戦後派作家として注目され、以後、現実の社会問題と取り組んだ作品が多い。小説「風媒花」「ひかりごけ」「森と湖のまつり」「富士」、評伝「司馬遷」など。
たけだつとむ【武田孟】
[1896〜1990]教育者・野球指導者。広島の生まれ。昭和27年(1952)明大の野球部長となり、33年同大学長。のち全日本大学野球連盟会長、日本学生野球協会会長を歴任。学生野球の発展に尽力した。
たけだびし【武田菱】
紋所の名。菱形四つを菱形に組み合わせたもの。甲斐の武田氏の紋。四割菱 (よつわりびし) 。割菱。
たけだゆうきち【武田祐吉】
[1886〜1958]国文学者。東京の生まれ。厳密な文献学的方法に基づいて万葉集などの上代文学を研究、多くの校訂や考証を行った。著「上代国文学の研究」など。
たけだりゅう【武田流】
⇒甲州流 (こうしゅうりゅう)
たけだりんたろう【武田麟太郎】
[1904〜1946]小説家。大阪の生まれ。新感覚派的手法による小説「暴力」でプロレタリア文学の作家として出発、のち市井 (しせい) の庶民の生態を描いた「日本三文オペラ」などを発表。雑誌「人民文庫」を主宰。ほかに「銀座八丁」「一の酉 (とり) 」「井原西鶴」など。
たけだゆりこ【武田百合子】
[1925〜1993]随筆家。神奈川の生まれ。夫は作家の武田泰淳。夫の死後、富士山荘での二人の生活を綴 (つづ) った「富士日記」を発表し、田村俊子賞受賞。他に「犬が星見た」「ことばの食卓」など。