・・・ しかし、いいだしたうえは、なんでもそのことを通す主人の気質をよく知っていましたので、彼は、急に返事をせずに思案をしていました。「なんで、そんなに考え込んでいるか。そのかわり、もしおまえが魚を釣ってきたら、お金をたくさんやる。またお・・・ 小川未明 「北の国のはなし」
・・・所詮はグロチック好みの戯作者気質だと言えば言えるものの、しかしただそれだけではなかった。が、その理由は家人には言えない。 阿部定――東京尾久町の待合「まさき」で情夫の石田吉蔵を殺害して、その肉体の一部を斬り取って逃亡したという稀代の妖婦・・・ 織田作之助 「世相」
・・・こんなことも、気質の明るい彼には心の鬱したこの頃でも割合平気なのであった。家を捜すのにほっとすると、実験装置の器具を注文に本郷へ出、大槻の下宿へ寄った。中学校も高等学校も大学も一緒だったが、その友人は文科にいた。携わっている方面も異い、気質・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・けれども、会えばいつも以前のままの学友気質で、無遠慮な口をきき合うのです。この日も鷹見は、帰路にぜひ寄れと勧めますから、上田とともに三人連れ立って行って、夫人のお手料理としては少し上等すぎる馳走になって、酒も飲んで「あの時分」が始まりました・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 愛するというのも早ければ別れるのも軽く、少し待たせれば帰ってしまい、逢びきの間にも胸算用をし、たといだます分でもだまされはせぬ――こういった現代の娘気質のある側面は深く省みられねばならぬ。新しさ、聡明さとはそんなものではないはずだ。新・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・多くの作者は、その戯作者気質と、幇間気質を曝露している。むしろ、これらの作家の小説と並んでその傍に、二、三行で報道されている、××の仕打ちに憤慨して銃を自分の口にあてゝ足で引金を踏んで自殺したという兵卒の記事の方が、はるかに深い暗示に富んで・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ その時になって見ると、新しいものを求めて熱狂するような三郎の気質が、なんとなく私の胸にまとまって浮かんで来た。どうしてこの子がこんなに大騒ぎをやるかというに――早川賢にしても、木下繁にしても――彼らがみんな新しい人であるからであった。・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・次兄は、酒にも強く、親分気質の豪快な心を持っていて、けれども、決して酒に負けず、いつでも長兄の相談相手になって、まじめに物事を処理し、謙遜な人でありました。そうしてひそかに、吉井勇の、「紅燈に行きてふたたび帰らざる人をまことのわれと思ふや。・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・それ以前から先輩の読み物であった坪内氏の「当世書生気質」なども当時の田舎の中学生にはやはり一つの新しい夢を吹き込むものであった。宮崎湖処子の「帰省」という本が出て、また別な文学の世界の存在を当時の青年に啓示した。一方では民友社で出していた「・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・その気質にはかなり意地の強いところもあるらしく見えたが、それも相互にまだ深い親しみのない私に対する一種の見えと羞恥とから来ているものらしく思われた。彼は眉目形の美しい男だという評判を、私は東京で時々耳にしていた。雪江は深い愛着を彼にもってい・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫