・・・ 折から一天俄に掻曇りて、どと吹下す風は海原を揉立つれば、船は一支も支えず矢を射るばかりに突進して、無二無三に沖合へ流されたり。 舳櫓を押せる船子は慌てず、躁がず、舞上げ、舞下る浪の呼吸を量りて、浮きつ沈みつ、秘術を尽して漕ぎたりし・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・ちょうど香具師が、娘を檻の中に入れて、船に乗せて南の方の国へ行く途中で沖合にあった頃であります。「この大暴風雨では、とてもあの船は助かるまい」と、お爺さんと、お婆さんは、ふるふると震えながら話をしていました。 夜が明けると沖は真暗で・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・ 暗礁に乗りあげた駆逐艦の残骸は、山へあがって見ると干潮時の遠い沖合に姿を現わしていることがあった。 梶井基次郎 「海 断片」
・・・ 舟はしばらく大船小船六七艘の間を縫うて進んでいたが、まもなく広々とした沖合に出た。月はますますさえて秋の夜かと思われるばかり、女はこぐ手をとどめて僕のそばにすわった。そしてまた月を仰ぎ、またあたりを見回しながら、「坊様、あなたはお・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
出典:青空文庫