・・・ もう一つ気の付いて少し驚いた事は、『徒然草』の中に現れていると思う人生観や道徳観といったようなものの影響が自分の現在のそういうものの中にひどく浸潤しているらしいことである。尤も、この本の中に現われているそれらの思想は畢竟あらゆる日本的・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・それで、生活に追われる漁民自身は自覚的には海の自然を解説することはしないとしても、彼らを通して海の自然が国民の大多数の自然観の中に浸潤しつつ日本人固有の海洋観を作り上げたものであろう。そうしてさらにまた山幸彦・海幸彦の神話で象徴されているよ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・しかるに万葉から古今を経るに従って、この精神には外来の宗教哲学の消極的保守的な色彩がだんだん濃厚に浸潤して来た。すなわち普通の意味での寂びを帯びて来たのである。この寂滅あるいは虚無的な色彩が中古のあらゆる文化に滲透しているのは人の知るところ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・この七五、また五七は単に和歌の形式の骨格となったのみならずいろいろな歌謡俗曲にまで浸潤して行ってありとあらゆる日本の詩の領分を征服し、そうしてすべての他の可能なるものを駆逐し、排除してしまっている。これは一つの大きな「事実」である。そうだと・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ その頃の長崎にはロシアの東洋艦隊の勢力が港町の隅々まで浸潤していた。薄汚い裏町のようなところの雑貨店の軒にロシア文字の看板が掛かっていたりした。そうした町を歩いている時に何とも知れぬ不思議な匂いがした。何の匂いだろうと考えたがついに解・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・其の民心に浸潤するの結果は、人を誤って法の罪人たらしむるに至る可し。教育家は勿論政府に於ても注意す可き所のものなり。一 女子は我家に有てはわが父母に専ら孝を行ふ理也。されども夫の家にゆきては専らしゅうとしゅうとめを我親よりも重ん・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・主人の常言に家内安全を主とし質素正直を旨とするはすこぶる有力なる教えにして、然もこの教えは、世間道徳の門においても常に喋々して人心に浸潤したるものなれば、これを一般の国教というも妨げあることなし。然るに今この家においては斯る盛大なる国教もそ・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・も新なるものなれば、今日の有様にて生徒の学芸いまだ上達せしにはあらざれども、その温和柔順の天稟をもって朝夕英国の教師に親炙し、その学芸を伝習し、その言行を聞見し、愚痴固陋の旧習を脱して独立自主の気風に浸潤することあらば、数年の後、全国無量の・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・教育の効の緩慢にして、ひとたびこれに浸潤するときは、その効力の久しきに持続すること明に見るべし。 政事の性質は活溌にして教育の性質は緩慢なりとの事実は、前論をもってすでに分明ならん。然らばすなわち、この活溌なるものと緩慢なるものと相・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・けれども、文化に関する同じような愚劣さは、もっと複雑な、もっと形にあらわれない流れとなって私たちの生活へ浸潤して腐敗の作用を及ぼしてゆくために、同じ程度の奇怪な愚劣さでも案外恐れられずにいることが多い。 この風潮は、特に文化という何か悠・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
出典:青空文庫