・・・「じゃとっさん、夕方になったら馬ハミだけこさいといてくんなさろ、無理しておきたらいかんけんが」 出がけに嫁が、上り框のところから、駄目をおして出ていった。「ああよし、よし……」 善ニョムさんは、そう寝床のなかで返事しながらう・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・尤も私は、その以前から、台所前の井戸端に、ささやかな養所が出来て毎日学校から帰るとに餌をやる事をば、非常に面白く思って居た処から、其の上にもと、無理な駄々を捏る必要もなかったのである。如何に幸福な平和な冬籠の時節であったろう。気味悪い狐の事・・・ 永井荷風 「狐」
・・・未来に引き延ばしがたきものを引き延ばして無理にあるいは盲目的に利用せんとしたる罪過と見る。 過去はこれらのイズムに因って支配せられたるが故に、これからもまたこのイズムに支配せられざるべからずと臆断して、一短期の過程より得たる輪廓を胸に蔵・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・堂々と玄関を構えてる医者の家へ、ルンペンか主義者のような風態をした男が出入するのを、父は世間態を気にして、厭がったのは無理もなかった。そこで青年たちが来る毎に、僕は裏門をあけてそっと入れ、家人に気兼ねしながら話さねばならなかった。それは僕に・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ 飯場の血気な労働者たちは、すっかり暗くなった吹雪の中で、屍体の首を無理にでも持ち上げようとする、子供たちを見て、誰も泣いた。――一九二七、三、三〇―― 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・と、吉里がまた注ぎにかかるのを、小万は無理に取り上げた。吉里は一息に飲み乾し、顔をしかめて横を向き、苦しそうに息を吐いた。「剛情だよ、また後で苦しがろうと思ッて」「お酒で苦しいくらいなことは……。察して下さるのは兄さんばかりだよ」と・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・父母が何か為めにする所ありて無理に娘を或る男子に嫁せしめんとして、大なる間違を起すは毎度聞くことなり。左れば男女三十年二十五年以下にても、父母の命を以て結婚を強うることは相成らず。又子の方より言えば仮令い三十年二十五年以上に達しても、父母在・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・おまけに男のかたが十七で、高等学校をお出になったばかりで、後家はもう二十三になっているのですから、その六つが大した懸隔になったのも無理はございませんね。そんな風にしていましたから、人の世話ばかり焼くイソダンの人達も、わたくしの所へあなたのい・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・花はとにかく、供え物を取るのは決して無理ではない。西洋の公園でも花だから誰も取らずに置くがもしパンを落して置いたらどうであろう。きっとまたたく間になくなってしまうに違いない。して見れば西洋の公徳というのも有形的であって精神的ではない…………・・・ 正岡子規 「墓」
・・・そうでなければ無理に口を横に大きくしたり、わざと額をしかめたりしてそれをごまかしているのです。(コロナは六十三万二百 ※‥‥‥ ) 楊の木でも樺の木でも、燐光の樹液がいっぱい脈をうっ・・・ 宮沢賢治 「イーハトーボ農学校の春」
出典:青空文庫