・・・おらまたお前が追い出されて来ましたというから、物言いでもしてきた事と思ったのだ。そんなら仔細はない、今夜にも帰ってくろ。お前の心さえとりなおせば向うではきっと仔細はないのだよ。なあ省作、今お前に戻ってこられるとそっちこちに面倒が多い事は、お・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ ほどもなく立ち昇る湯気に包まれて出で来たりし二人は、早や打ち解けて物言い交わす中となりぬ。親しみやすき湯治場の人々の中にも、かかることに最も早きは辰弥なり。部屋へと二人は別れ際に、どうぞチトお遊びにおいで下され。退屈で困りまする。と布・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ たやすく貴嬢が掌いだしたまわぬを見てかの君、早く受けたまわずやと諭すように物言いたもうは貴嬢が親しき親族の君にてもおわすかと二郎かの時は思いしなるべし、ただわれ、宇都宮時雄の君とはこの人のことよと一目にて看破りたれば、貴嬢に向かってか・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・その最も甚しい時に、自分は悪い癖で、女だてらに、少しガサツなところの有る性分か知らぬが、ツイ荒い物言いもするが、夫はいよいよ怒るとなると、勘高い声で人の胸にささるような口をきくのも止めてしまって、黙って何も言わなくなり、こちらに対って眼は開・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・後で物言いがあったということをプログラムで読んでやっぱりそうかと思った。 三 別れの曲 ショパンがパリのサロンに集まった名流の前で初演奏をしようとする直前に、祖国革命戦突発の飛報を受取る。そうして激昂する心を抑えて・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・其様子から物言いまで曾てカッフェーにいた時分、壁や窓に倚りかかって、其の辺に置いてある植木の葉をむしり取って、噛んでは吐きだしながら冗談を言っていた時とは、まるで別の人になっている。僕はさてこそと、変化の正体を見届けたような心持で、覚えず其・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ あとはもう聞えないくらいの低い物言いで隣りの主人からは安心に似たようなしずかな波動がだんだんはっきりなった月あかりのなかを流れて来た。そして富沢はまたとろとろした。次々うつるひるのたくさんの青い山々の姿や、きらきら光るもやの奥を誰かが・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・団子の二串やそこら、くれてやってもいいのだが、おれはどうもきさまの物言いが気に食わないのでな。やい。何つうつらだ。こら、貴さん」 男は汗を拭きながら、やっと又言いました。「薪をあとで百把持って来てやっから、許してくれろ」 すると・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
・・・電話さえやっとかけている母親のようにとりつめた物言いをしていたその女のひとの姿を見れば、袴をはき、上被りをつけている。近所にある女学校の女先生なのであった。 先生という職業にかかわらず、子供の入学試験でおろおろしている一人の母親の心をむ・・・ 宮本百合子 「新入生」
・・・ 喜多氏は、常に独特な物言いの人であるけれども、あのように一般の関心がその見解に集注されている場合、学生を呼んで叱りとばした、というような素朴な態度が表明されると、国民生活の指導部長という責任の大きな肩書に比べて、私たちは極めて頼りない・・・ 宮本百合子 「「健やかさ」とは」
出典:青空文庫