・・・誠に天晴な大和男児の姿である。この美しい姿を眺めながら妙な夢のような事を考えてみるのであった。 誰かも云ったように、砂漠と苦海の外には何もない荒涼落莫たるユダヤの地から必然的に一神教が生れた。しかし山川の美に富む西欧諸国に入り込んだ基督・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・今日の我らが人情の眼から見れば、松陰はもとより醇乎として醇なる志士の典型、井伊も幕末の重荷を背負って立った剛骨の好男児、朝に立ち野に分れて斬るの殺すのと騒いだ彼らも、五十年後の今日から歴史の背景に照らして見れば、畢竟今日の日本を造り出さんが・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・あるいは他の不幸にして男児なき家あれば、養子の所望を待ちてその家を相続し、はじめて一家の主人たるべし。次三男出身の血路は、ただ養子の一方のみなれども、男児なき家の数は少なくして、次三男出生の数は多く、需要供給その平均を得ずして、つねに父兄の・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ 本編の趣旨は、初段の冒頭にもいえる如く、日本男児の品行を正し、その高きに過ぐる頭を取って押さえ、男女両性の地位に平均を得せしめんとするの目的を以て論緒を開き、人間道徳の根本は夫婦の間にあり、世間の道徳論者が自愛博愛などとてその得失を論・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・この稚い働きての中で十一歳までのものでは、女の児が男児の倍の数を占め、十三歳までのものの中には女の子の方が十万人も多い割合であることも、私たちに沁々と現代の苦難少くない幼年時代を思いやらせずにいない。 六年制であってさえ、この実情であっ・・・ 宮本百合子 「国民学校への過程」
・・・今日の男児の教育の方向について云えるこのことは、女の児の場合には一層深刻な作用をもっていはしまいか。 キュリー夫人伝は日本でも昨今ベスト・セラーズの一つであった。大抵の若い人たちは、あの本を愛読して感動した。年をとった人々でも、やはり尊・・・ 宮本百合子 「市民の生活と科学」
・・・.5 6.8カザフスタン 25.8 13.1 2.3 1.7ウズベク 23.3 9.7 ― ― 一年 二年 三年 四年 ┌男児 100 64.6 54.1 31・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・桜の大木が右手に植っていて、その枝の下に、男児の下駄箱、つまり出入口があった。小使室が続いていて、お弁当の時黒いはっぴを着た小使が両手に三つずつ銅のヤカンをもって来て、教壇の上に並べて置いた。そのお湯は、桜の樹の下の小使室の土間を入った右手・・・ 宮本百合子 「藤棚」
・・・日本の教育は男児と女児とを、小学校のころから区別している。女は家庭で良人の補佐ができればよいという明治時代の女子教育は進歩していないのだ。 資本主義の国として、しかもつよく封建性ののこっている日本文化は、支配者自身でさえ今では不便がるほ・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・凧をあげる男児もなし。日向の枯草堤に、着物だけ着換えた娘三四人詰らなさそうに、通る私達を見物して居た。消防詰所傍の広場で、数人の男児、自働車の古タイアを輪廻しのようにころがして来るのに遭う。太い、つるりと重いゴムの大輪を、一生懸命棒ちぎれで・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
出典:青空文庫