・・・すると先生やるなら勝手にやり給え、君もも少しすると悟るだろう、要するに理想は空想だ、痴人の夢だ、なんて捨台辞を吐いて直ぐ去って了った。取残された僕は力味んではみたものの内内心細かった、それでも小作人の一人二人を相手にその後、三月ばかり辛棒し・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 以上は新春の屠蘇機嫌からいささか脱線したような気味ではあるが、昨年中頻発した天災を想うにつけても、改まる年の初めの今日の日に向後百年の将来のため災害防禦に関する一学究の痴人の夢のような無理な望みを腹一杯に述べてみるのも無用ではないであ・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・ 日刊全廃というような問題を直ちに実行問題として考えるという事はあまりに現実を無視した痴人の夢であるかもしれない。しかし前にも述べたように、これをともかくも一つの思考実験としてできるだけ慎重に徹底的に考えてみるという事は、新聞読者にとっ・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・実に取処もなき愚論にして、痴人夢を語るとは此事ならん。抑も陰陽とは何物なるや何事なるや。漢学流の言に従えば、南が陽なれば北を陰と言い、冬が陰なれば春を陽と言い、天は陽、地は陰、日は陽、月は陰など言うが如く、往古蒙昧の世に無智無学の蛮民等が、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・そして其の極は詰り人間の生活の極だとでも申しましょうか、哲人の価値は神の光栄でございます。痴人は人類の悲歎でございます。其故、私は真に徹した生活をして居る者の価値は、日常生活の風習の差異等を眼中に置かない共鳴を持つと信じて居ります。然し、私・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・美しいものをしんから愛するものは、或る場合痴人のように寛大だ。然し或る時は、狂人のように潔癖だ。そして変な物を並べる商人を何かの形で思い知らせる。 のどかな漫歩者の上にも、午後の日は段々傾いて来る。 明るく西日のさす横通りで、壁・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・描けないものとしてわきまえる常識とその常識の故に間崎のエロティシズムも、「痴人の愛」の芸術的陶酔として白光灼々とまでは燃焼しきらないものとなっていることもわかる。 この一篇の長篇の終りは、遁走の曲で結ばれている。さまざまに向きをかえ周囲・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
・・・近比伊庭孝君は同書の中の痴人と死との誤訳を指摘してくれられた。それ等も改版の折に訂正したく思っている。十三 私は誤訳をしたのを、苦心が足りなかったのだと云った。そんなら私がもっと物に念を入れる性質で、もっと時間に余裕のある境・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫