・・・「先生、この児があんばいがわるくて死にそうでございますが先生お慈悲になおしてやってくださいまし。」「おれが医者などやれるもんか。」ゴーシュはすこしむっとして云いました。すると野ねずみのお母さんは下を向いてしばらくだまっていましたがま・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ ドン国立煙草工場には自慢の托児所があり二百七十人ぐらいの子供の世話をやいている。私が行ったとき、托児所の庭の青々と茂った夏の楡の樹の下にやや年かさの女が三つばかりの男の子を抱き、金髪の若々しい母親が白い服を着せた生れたばかりの赤児を抱・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・忠利は機嫌よく児小姓に髯を剃らせながら、住持に言った。「どうじゃな。この剃刀では亡者の頭をたくさん剃ったであろうな」と言った。住持はなんと返事をしていいかわからぬので、ひどく困った。このときから忠利は岫雲院の住持と心安くなっていたので、荼だ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・赤児が初めて笑い出す靨のような、消えやすい笑いだ。この少年が博士になったとは、どう思ってみても梶には頷けないことだったが、笑顔に顕れてかき消える瞬間の美しさは、その他の疑いなどどうでも良くなる、真似手のない無邪気な笑顔だった。梶は学問上の彼・・・ 横光利一 「微笑」
・・・最も狂暴なタイラントや最も放恣な遊蕩児のしそうなことまでも。もちろん私は気づくとともにそれを恥じ自分を責めます。しかし一度心に起こった事はいかに恥じようとも全然消え去るという事がありません。時には私は自分の心が穢ないものでいっぱいになってい・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫