・・・浜辺へ出て遠い沖の彼方に土堤のように連なる積雲を眺めながら、あの雲の下をどこまでも南へ南へ乗出して行くといつかはニューギニアか濠洲へ着くのかしらと思ってお伽噺的な空想に耽ったりしたものである。宿の主婦の育てていた貰い子で十歳くらいの男の子が・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・しかし今少しく規模を大きくして一村、一市街の幅員と同程度なる等温線の凹凸やその時間的変化となれば、既に世人の利害に直接間接の交渉を生ずるに至る事あり。積雲の集団がある時間内にある村の上を多く過ぐるか少なく過ぐるかは、時にはその村民にとりては・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ 上昇気流のために生ずる積雲が、下降気流その他の原因で消滅した跡には、これらの凝縮核の集合した層が取り残される。地上から仰いで見てはよく分らないが、飛行機でその層を横にすかして見ると、それが明らかな層をなして棚引き、いわゆる「塵の地平線・・・ 寺田寅彦 「塵埃と光」
・・・縁側から見ると南の空に珍しい積雲が盛り上がっている。それは普通の積雲とは全くちがって、先年桜島大噴火の際の噴雲を写真で見るのと同じように典型的のいわゆるコーリフラワー状のものであった。よほど盛んな火災のために生じたものと直感された。この雲の・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ それははるかなはるかな太平洋の上におおっている積雲の堤であった。典型的なもくもくと盛り上がったまるい頭を並べてすきまもなく並び立っていた。都会の上に広がる濁った空気を透して見るのでそれが妙な赤茶けたあたたかい色をしていた。それはもうど・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・妙に生温かい、晴れるかと思うと大きな低い積雲が海の上から飛んで来てばらばらと潮っぽい驟雨を降らせる天候であった。ホテルのポルチエーが自分を小蔭へ引っぱって行って何かしら談判を始める。晩に面白いタランテラの踊りへ案内するから十時に玄関まで出て・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・もくもくした灰色又は白の積雲に支えられ、宙に泛んだ大卓子のように見える。遙か彼方に、第一級、上帝の宮殿が、輝くパンシーオン風の柱列をもって眺められる。ヴィンダーブラ、ミーダと連立って、上帝の宮殿の方から、ぶらぶら自分達の住居、第二級天の・・・ 宮本百合子 「対話」
出典:青空文庫