・・・こうしてお前を泣かせるのも決して親自身のためでなくみんなお前の行く末思うての事だ。えいか、親の考えだから必ずえいとは限らんが、親は年をとっていろいろ経験がある、お前は賢くても若い。それでわが子の思うようにばかりさせないのは、これも親として一・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・娘は、独り波の音を聞きながら、身の行く末を思うて悲しんでいました。波の音を聞いていると、なんとなく、遠くの方で、自分を呼んでいるものがあるような気がしましたので、窓から、外をのぞいてみました。けれど、ただ青い、青い海の上に月の光が、はてしな・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・しかしその悩みは、行く末の幸福を得ることのために愉快でありました。早く、その未知の島にゆきたいものだとみんなは心で思いました。どんな困難や辛苦がこの後あってもそれを切り抜けてゆこうという勇気がみんなの心にわいたのであります。 太陽は、赤・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・自分の霊魂は、なにかに化けてきても、きっと子供の行く末を見守ろうと思いました。牛女の大きなやさしい目の中から、大粒の涙が、ぽとりぽとりと流れたのであります。 しかし、運命には牛女も、しかたがなかったとみえます。病気が重くなって、とうとう・・・ 小川未明 「牛女」
・・・重い荷を車に積んでゆく、荷馬車の足跡や、轍から起こる塵埃に頭が白くなることもありましたが、花は、自分の行く末にいろいろな望みをもたずにはいられなかったのです。 道ばたでありますから、かや、はえがよくきて、その花の上や、また葉の上にもとま・・・ 小川未明 「くもと草」
・・・この哀れなる姿をめぐりて漂う調べの身にしみし時、霧雨のなごり冷ややかに顔をかすめし時、一陣の風木立ちを過ぎて夕闇嘯きし時、この切那われはこの姉妹の行く末のいかに浅ましきやを鮮やかに見たる心地せり。たれかこの少女らの行く末を守り導くものぞ、彼・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ただむやみと私が可愛いので、先から先と私の行く末を考えては、それを幸福の方には取らないで、不幸せなことばかりを想い、ひとしお私がふびんで堪らないのでございました。 ある時、母は私の行く末を心配するあまりに、善教寺という寺の傍に店を出して・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・十年互いに知りてついに路傍の石に置く露ほどの思いなく打ち過ぐるも人と人との交わりなり、今日見て今夜語り、その夜の夢に互いに行く末を契るも人と人との縁なり。治子がこの青年を恋うるに至りしは青年が治子を思うよりも早く、相思うことを互いに知りし時・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・子孫の計がいまだならず、美田をいまだ買いえないで、その行く末を憂慮する愛着に出るのもあろう。あるいは単に臨終の苦痛を想像して、戦慄するのもあるかも知れぬ。 いちいちにかぞえきたれば、その種類はかぎりもないが、要するに、死そのものを恐怖す・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・けれども今夜は、先刻のラジオのせいもあり、気が弱っているところもございましたので、ふいとその辻占で、自分の研究、運命の行く末をためしてみたくなりました。人は、生活に破れかけて来ると、どうしても何かの予言に、すがりつきたくなるものでございます・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫