・・・そうすると、王女はこっそりどこかへ遁げてしまって、それなり行く方がわからなくなりました。王さまは方々へ人を出してさんざんお探しになりましたが、とうとうしまいまで見附りませんでした。王さまはその王女でなくてはどうしてもおいやなので、それなり今・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・事によったらお前さんのあの座から出て行くようになったのを、わたしのした事だとお思いかも知れないが、それは違ってよ。お前さんはそう思ったって、わたしそんなことをしやしないわ。こんなことをいったって駄目ね。なんと云ったって、お前さんはそう思って・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・ しかして鳩は、この奥さんがこれから用足しに行く「日の村」へと飛んで行きました。 そのうちに午後になりましたから、このかわいい奥さんは腕に手かごをかけて、子どもの手を引いて出かける用意をしました。奥さんはまだ一度もその村に行った事は・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・構えのうちにある小屋でも稲叢でも、皆川を過ぎて行く船頭の処から見えました。此、金持らしい有様の中で、仕事がすむとそおっと川の汀に出かけ、其処に座る、一人の小さい娘のいるのに、気が附いた者があったでしょうか? 私は知りません。けれども、此処で・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・結果は同じ様なことになるのだが、フランス式のほうは、すべての人に納得の行くように、いかにも合理的な立場である。けれども、いまの解析の本すべてが、不思議に、言い合せたように、平気でドイツ式一方である。伝統というものは、何か宗教心をさえ起させる・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・そして文士の出入する珈琲店に行く。 そこへ行けば、精神上の修養を心掛けていると云う評を受ける。こう云う評は損にはならない。そこには最新の出来事を知っていて、それを伝播させる新聞記者が大勢来るから、噂評判の源にいるようなものである。その噂・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 褐色の道路を、糧餉を満載した車がぞろぞろ行く。騾車、驢車、支那人の爺のウオウオウイウイが聞こえる。長い鞭が夕日に光って、一種の音を空気に伝える。路の凸凹がはげしいので、車は波を打つようにしてガタガタ動いていく。苦しい、息が苦しい。こう・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・今日は議会を見に行くはずである。もうすぐにパリイへ立つ予定なのだから、なるたけ急いでベルリンの見物をしてしまわなくてはならないのである。ホテルを出ようとすると、金モオルの附いた帽子を被っている門番が、帽を脱いで、おれにうやうやしく小さい包み・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・それでせいぜい科学の準備くらいのところまでこの考えを持って行くのは見当違いである。むしろ反対に私は学校で教える理科は今日やっているよりずっと実用的に出来ると思う。今のはあまりに非実際的過ぎる。例えば数学の教え方でも、もっと実用的興味のあるよ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・これからあんた先へ行くと、畑地がたくさんありますがな」「この辺の土地はなかなか高いだろう」「なかなか高いです」 道路の側の崖のうえに、黝ずんだ松で押し包んだような新築の家がいたるところに、ちらほら見えた。塀や門構えは、関西特有の・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫